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おっこちょこいのブログ

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

ぁけぉめこ`⊂∋З

久々の投稿なので明けましておめでとうをギャル文字変換したわけだが完全アウトを認識しながら一発目を迎えたいと思う。

去年後半から仕事が増え続けているので新しく出会う人と絡む機会がかなり多くなっている。新しい人ととの出会いというのは、あーどーもどーもだけではなく、新しい考え方や仕事の手法を目にするチャンスであり、刺激であるので嬉しい限りである。良い人との出会いというのは気付きが多いが、世の中良い人ばかりではない。嫌味を言う人、デリカシーの無い人、自慢ばかりする人、素直とバカを履き違えている人と様々である。それらの人達をどう交わすのかを書いていきたい。

私が思うに「あの人嫌だなぁ…」という自分の思いは自分自身の主観である。こっちが嫌なだけであって、相手は嫌味も自慢も普通なのだ。四六時中相手に嫌な事を言ってやろうと絶えず実行している人は少ない。それは自分と「合わない」だけであって、その「合わない」に対して感情の針をマイナスに振る必要は無い。相手は普通なのにこちらがマイナス感情で話をして噛み合うわけがない。相手もバカじゃないので「あれ?」と思うだろう。そこからはお互いの嫌なところを見つけながらの揚げ足とりで関係は悪化する。

対処法は簡単だ。「慣れ」である。苦手な人から逃げない。感情の針を絶えずフラットにする訓練。もっと言えば嫌な相手に感情の針をプラスに振ることが出来れば相手も自分の良いところを見てくれる。ゴマをする必要も平伏す必要も無い。周囲で嫌われている人間に「普通に接する」事が出来る、その立ち回りが有効なのだ。敵は少ない方が良い。

人間関係に勝ち負けなどない。居心地のいい場所に依存してしまうと人脈が偏る。無理に嫌な相手に絡む必要は無いが、長い会社生活を送っていると必ず「嫌な」キーマンがいるはずである。その時に感情の針を上手くコントロール出来れば、自分が出来る仕事の幅がかなり拡がる。

「我慢」や「慣れ」は必ず将来の自分の助けになる。

 

ちなみに私は完全に「不感症」及び「感情の針の故障」により、相手を激怒させる事が多々ある。皆は気を付けるように。

 

 

モテない人って異性にだけモテようとしてるからモテないという事に気付いた方が良い

モテる人って老若男女全般にモテるから異性にもモテるんだよ。顔とか年齢はあんま関係ない。

以上

 

関係ないけどキムタクより歌上手くてイケメンだよね。布施明

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サボり方を知らない奴が多すぎる

ずっと100%で頑張ったら潰れるに決まってるじゃねーか。色んな事をやらなきゃいけないのは分かるが要領良くサボれよ。仕事で手を抜けと言ってるわけじゃない。やらなくて良い所で100%の力を使うなという意味だ。「僕はこんなに頑張ってるのに!」というタイプに多い。そんなに頑張らなくてよい。上から何を指示されていて自分が今何をやっていていつまでにどうなるかをちゃんと考えて進めればサボれる時間は絶対に出来る。メリとハリだ。ハリばっかやってるから疲れるんだよ。メリをしろよメリを。

しかしながら周囲を見ていると最近パイセンの方が要領良くサボれてない。だから後輩がサボれない。サボり方を教えて貰っていない。そういう私もパイセンはクソが多かったので当時はサボれていなかった。そりゃあもうしんどかったし辛かった。その時どうすればサボれるのかを考えた。そうだ。少しでも良いから決裁権限を貰おう。そこまでは休むことなく成果を上げる事だけ考えて仕事をした。そしてある程度の成果が認められると少しの決裁権が授与される。まぁそれぐらいだったらお前決めて良いよというアレである。

この辺から少し時間が出来る。管理される方から管理する方になる。ここだ。管理する側は別の仕事が増えるわけだが重要なのは「自分でスケジュールが組める」ということだ。もちろん与えられた仕事は最低限こなさなければいけないが「期限」さえ守れば問題ない。要はこの「期限」をちゃんと設定して会社に報告し、スケジュールを組んで予定すれば大体終わる。サボる時間を「作る」事が大事なのだ。ちゃんとサボっていれば多少の残業は自分の罪悪感で何とか消化することが出来る。私はサボりすぎで残業時間が多いタイプである。残業代?そんなもんいりやせんよ親ビン。へっへっへ

ハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリハリ!!!!!!!なんてやってると疲れるに決まってんだろ。

メリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリハリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリハリメリメリメリメリメリメリハリメリメリメリメリメリメリハリハリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリハリメリメリメリメリメリメリハリハリハリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリメリ!!!!!!!!ぐらいにしとけ。

頑張る「だけ」じゃ報われねぇ。今その仕事で「何を」「どこで」頑張るかが大事なんだよ。

 

 

金が無い奴は絶望してる暇があったら環境を変えろ

金が無い連中の周りをウロウロしてたって金なんか掴めるわけがない。金が無い奴の友達は金が無いんだ。バカの友達はバカなんだ。と、いうことはだ。金持ってる奴の友達は金を持ってるんだ。その周辺や場所に如何にして自分が立つか。そこが問題だ。

私は若い頃、バンドをやっていた為、色んな仕事(バイト)を転々とした。大工、工事現場、鉄工所、着ぐるみetc ここにベンツを乗り回すような裕福な人間など一人もいなかった。一日の稼ぎで酒を飲み、パチンコをし、女を買う。私の周りは絵に描いたようなその日暮らしの毎日。私もそれが特別な事ではなく普通であり、特に何も思わなかったしこのまま年を取るんだろうと漠然と思っていた。

しかしある日突然、私は「このままでは多分ダメだ」と思い立ち、全てを変えようと行動した。何に感化されたわけではない。突然思った。髪をカットし、スーツを買って一般企業に潜り込んだのだ。当然ながら何も分からない。パソコン使えない・一般常識など「ウマいんすかそれ」レベルである。かなり虐められたし超絶ブラック企業であった。仕事山盛り残業代出ない洗車させられながら会社に金が無くて支払い出来ないからお前アコムで金借りてこいみたいな会社だった。

今ではよくやっていたなと思うが、その時はそれがヤバい会社だと気付かなかった。ホワイトな会社を知らないから。こんなもんなんだろうと思ってやっていたのだ。バカが一番強いな。なぜそんなクソ会社を辞めなかったのか、それはパイセンがムカつくからだ。「怒り」がモチベーションの私は「コイツより偉くなってやる」という幼稚園児が「将来は社長になりたいです!」みたいな思考で鬼のような業務をこなしたし勉強もした。そこで色んな良い人達にも出会い、この言葉を聞いたのだ。

「社長の友達は社長だ」

なるほどと思った。そこからは社長にターゲットを絞る。どんなに小さな会社でも良い。仲が良くなれば社長の考え方や社長の人脈、社長の行動や歴史について教えてくれと頼んで回った。完全に変な奴である。しかしながら社長は変な人が多いし変な奴が好きだ。「オモロい奴おるで」と数珠繋ぎに紹介してもらった。もちろん「仕事」という手土産は忘れずに。そこで学んだのは仕事は当たり前だが考え方や行動の仕方や判断の仕方、くだらない事では、財布の中身や金額、カバンのメーカー、スーツのブランド、飲み屋の女を孕ませてしまって超ヤバいんですけどその他諸々である。

そして私は一つ一つ、仕事を頑張っては財布を買い、カバンを買い、財布の金額を合わせたり誰かと食事をすればこちらが出すといった事を少しずつ覚えて行った。必要なら借金をしてでも買ったし払った。それは「欲しい物」ではない。「必要なもの」だ。この時すでに、昔の自分とは完全に差をつけていたのである。金は無い。しかしながら「金を掴めるかもしれない所」に私は居た。それは何かというと「決裁者」が目の前にいるという事だ。後の営業が楽になるのは言うまでもない。

こんな話は稀な話だと思いがちだがこんなもんは誰にでも出来る。「痛み」を我慢するだけだ。最初は大勢の前で恥もかくし失敗して損するし怒られるし嫌われるしやっている時はかなりしんどい。というか痛い。ここで言う「痛み」とは責任の事である。痛いのが嫌ならやらなきゃ良い。その日暮らしで良いならそれで良いしアフィリエイトでシコシコやるのも良いだろう。私は嫌だった。

世の中で金を持っている人たちは皆、気が狂いそうな痛みに耐えている。それを顔に出さず、さも当たり前のような顔をして明日も笑っているのだ。サラリーマンもフリーランスも個人事業主も零細企業社長も関係ない。

「痛み」と「金」は両手に同じ重さだけ乗っている。

 

 

結局互助会云々の話って「インターネットを愛する人」と「インターネットに興味ない人」の戦い

まぁタイトルで完結してますね。この手の話題があればジッと観察しているのですが、最近はそういう事なんだろうなぁなんて思いながら見てます。記事が面白いとか面白くないというのは主観なので一概には言えませんが、記事の熱量は読んでて分かりますよねぇ。情熱っていうんでしょうか。私はインターネッツ詳しくないのでASPやらSEOやら言われても分からんのですが、一応ググって広告だけは貼り付けてんですけどね。まぁその後は放ったらかしですよええ(笑) オッサン分かんないし調べるのも面倒だし。

見ていて思うのはですね、「金ありきの人」と「金は後から付いてくる」って人は読んでて分かるのですよ。「金ありき」の人のブログって手法やテクニックばかりで熱量(エネルギー)が無いのに「それ」を前に置く。「金は後から付いてくる」人ってテクニックは勿論使ってるんでしょうけど、それを前に置かないのですね。まずコンテンツや文章の質を上げようと努力されている。それって読んでる人は見えますよね。二つとも見えるんですよ。

私が現実社会で仕事をしていて、「ただ売りたいだけ」の奴は相手にしない。やはり「内容」や「サービス」について真剣に考えてる人から買いたいしお付き合いをしたい。目の前のコイツは「金を先に」考えているのか「金を後に」考えているのかが分かるのだ。それを単純にビジネスだと捉えて気にしない連中の末路は悲惨である。今目の前の人間から「信用」を勝ち取れるか否か。それは「金」を先に考えるか後に考えるかで振り分けられる。

結局そういう思考の下で「インターネットに興味のない人」がテクニックを駆使して記事を放つ。それを目の当たりにした「インターネットを愛する人」達がカチンとくる。見れば分かるからだろう。熱量は文字数や文章・ブログの作り方ではない。

私も例にもれず「インターネットに興味のない人」に含まれる。ただ一つ言いたいのは、「セコい方法」で金を稼ごうとはしていないという事だ。では何故ブログなどしているのかという問いにはこう答える。

「ここでしか見る事の出来ない人間が見れるから」

そうだ。妖怪ウォッチならぬ人間ウォッチが趣味の私はここはてなでかなり楽しませて頂いている。そこで茶々入れ程度に記事を更新する。こんなに個性的なウェブサービスは他にはないだろう。芸能人なんて笑福亭鶴光ASKAぐらいしか思い浮かばない。博多大吉なんて最新記事が274日前である。大吉よ。正解だ。こんな所で文章なんて書くとロクでもない事が起きるのは目に見えている。

ウェブジャンキーと金の亡者の殴り合いは見ていて飽きない。

 

結婚とは何なのかを考えてみる

 【疲れた】40代アラフォー女性の婚活成功率が1%未満という厳しい現実【妥協】


【疲れた】40代アラフォー女性の婚活成功率が1%未満という厳しい現実【妥協】

 

この手の記事ってちょこちょこ見るよね。まぁこの記事自体煽り気味で刺さるようには書いてあるんだろうけど、40代の結婚が男女共に難しいというのは本当なんでしょう。基本的に自立出来てるから「無理しなくても良いか…」なんてのもあると思いますけども。求職や就職も似てるとこあるよね。働いてる側の人間は「選ばなければ、贅沢言わなければいくらでもあるだろ」なんて言うし、探してる方は「そんなに高望みしてない!」って言うし。

話逸れちゃいましたけどこの手の記事読むといつも思うのはですね、「40代だから」結婚出来ない・出来る確率が下がってるっていつも書いてるような気がするんですね。まぁこの記事の説明にもあるんですが「婚活をしている40代女性」となっていますからアレですけども別に「40代だから」結婚出来ないわけじゃないでしょなんて思うのですよ。いつも。する人は40代でもパッとするでしょうし特に妥協してるわけでもないでしょうになんて。

もちろん私の周りにもこういう女性が結構沢山いらっしゃるのでそういう方達をジッと見ていて思ってる事を書いてみましょう。

書くことなんて一つしかないんですけどね。欲しがっているのが見えるのですよ。男をとかそういうゲスい話ではないです。この記事中にもバッチリ書いてありますが、相手の「収入」とか「職業」とか「資産」とか諸々。そういうのを欲しがっている、というか気にしてるんだろうなというのが見えてる。男はバカですが一応プライドというものがありましてですね、露骨にそれが見えるとアウト、チラッとでも見えるとビビるんですよ。この人が思っている条件を自分はクリアしてんのかな?なんて。

そこでビビらず突っ込んでくる男は間違いなく既婚者。そして独身は後ろに下がる。完全にビビってますよ。それが増田なら完全にウンコちびってますよ。んで男に聞けば聞いたで自分だけの稼ぎで養う自信なんて無いなんて言ってますからね。噛み合うはずないよねなんて思いながら話聞いてたりします。まぁこの手の話はいつもデモデモダッテが出てくるから完璧な回答なんて無いので適当にお茶濁してますけども。

私が思うのは「必要以上に求めなければ良いのに」なんて思うわけですよ。相手の為に自分がやると。男の年収が200万~300万でも二人で働けば500万~600万にはなるでしょ。何でそれじゃダメなんだろと。考え方としては「二人で」生活しようという考え方。「結婚=養ってくれ」とか「結婚=楽させてくれ」とか「結婚=家事やってくれ」なら話変わりますけどね。まぁずっと探してりゃ良いじゃんなんて思いますわね。

愛とはなんぞやなんて、そんな気持ち悪い綺麗事言うつもりはありませんが、結局「相手に見返りを求めない」という事を根底に置いておくと少し状況って変わるのではないかなと。男女ともにですね。最近の40代、50代の女性って凄く綺麗な方多いじゃないですか。このブログを書いてらっしゃる方も多分すごく素敵な方だと思うのですよ。そういう綺麗な女性達の婚活成約率1%、逆に言えば1%のハイスペック男を争奪しているわけでしょ?気持ちは分かりますけども。

年齢はあまり関係ないですよ。若い女性じゃないと嫌だなんて言う男は逆に地雷だと思いますけどね。例えハイスペックでもね。結局思いやりですよ。それが無けりゃ早くに結婚してる連中もボロボロですもんね。妥協なんて言わずに、もう少しだけ優しい目線でお互い接すれば1%が30%にも50%にもなるんじゃないのかなぁなんていつも思うわけです。

ネックなのは一つだけ、これを書いている私は「デブ」「ハゲ」「短足」、ここはてなでのあだ名が「三暗刻」という事ぐらいでしょうか。説得力が全くありませんね?ありがとうございます。三暗刻は元気に生きています。

 

(´;ω;`)ブワッ

 

 

 

今日生まれて初めて心が壊れた

今日友人が死んだ。今日の昼過ぎ、連絡があった。それを聞いた時、「あぁ、そうなんだ。」と何も感じなかった。私は自分自身を冷たい人間だと思っている。助けてあげられる範囲なら、助けてあげたいと思っているのなら助けるが、何も感じない人間に関しては自分でも驚くほど冷静に物を見ることが出来る。

死んだ友人は出会って25年くらいになるだろうか。ここ数年はご無沙汰であった。仲は良かったと思う。私が腹を割って話が出来る数少ない友人の一人である。カッコつけずに、自分の醜くて卑しい部分をさらけ出すことの出来る、そしてその友人も私には本音で接していてくれていたのだと思う。

その友人が死んだのだ。悲しいはずだ。しかし何も感じない。そうか、私はもうこんなに汚れているのかと思った。そしてその友人の事を思うと同時に別の友人の顔が思い浮かんだ。そう、我々は3人組でいつもバカな事をやって腹を抱えて笑っていた。その友人はこの事を知っているだろうか。スマホでまたその久しく会っていない友人の電話番号を押した。その友人との会話は1分だけ。

 

「アイツが死んだそうだ。」

「聞いた。」

「そうか。」

「詳しい事分かったらまた電話するわ。」

「分かった。」

 

それだけだ。この友人とも、話したのは数年ぶり。懐かしいなと思いながら電話を切った瞬間、心が壊れた。声を上げて泣いた。手足が痺れ、崩れるように座り込み、涙が溢れ出し、子供が泣くように声が出た。頭と心がちぐはぐになっている。私は何故泣いてるのだと頭では思いながらも身体と心の自制が出来ない。動けないし泣き止む事が出来ない。恐いとさえ思った。心が先に反応して頭が付いていかない。

別に死んだ友人の、昔の事を思い出したわけではない。仲が良かったもう一人の声を聞いただけで、何かが切れたように感情が溢れたのだ。そうか。私は悲しいんだなと思った。私はアイツの事が好きだったんだ。会ってなかったけど、いつでも会えると安心していた。もう会えないのだ。お前は「無」になったのか?どうなんだ?居なくなってしまった。

陳腐な言葉など何もない。人の死に対してただただ無力だと思った。葬式でお別れとなるわけだがこれでお別れだとは思っていない。今までだってそうなんだ。これから先も会っていないだけだ。死んでいるとか生きているとかそんなものはどうでも良い。アイツは確かにこの世に存在していて私に色んな影響を与えた。消えて無くなるなんてとんでもない話である。アイツはそこにいて影響という形で私の中に入った。それでいい。

私も42歳なのでこれからこういう経験がもっと増えるだろう。考えただけで滅入ってしまうが仕方ない。この先会えない友人が一人出来てしまったが、アイツの面白エピソードでも思い出しながら生きて行きたいと思う。どこかでニヤけた顔して見ているだろう。