ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

phaさんが出演したザ・ノンフィクションを観て思ったこと(ニートの世界とパンクの世界)

私は10~20代後半までの殆どの時間をバンド活動に、20代後半~今までの時間をほぼ仕事に費やしてきた。懐事情で言うと、バンドをしていた頃はその日の500円にも困る生活、今は取引先と味も分からぬ懐石料理を食しながら悪だくみをするという変貌を遂げ、若い頃私が想像していた嫌な大人になってしまった。どちらが正解なのかは未だに私には分からない。しかしながら今この立ち位置でひょんな事からまたバンド活動が始まりまたその世界に足を踏み入れた。その当時見ていた世界から明らかに変化した私の「見え方」は色々考えさせられるなと思考を働かせていたら、この「ザ・ノンフィクション」が放映された。観ていない方で興味のある人はYouTubeに上がっているので勝手に検索して観て頂きたい。

そこにはphaさんをはじめとするニートと呼ばれる人達(実際出演されていた方達がニートなのかどうかは定義が不明なため私には分からない)の生活が淡々と映し出されていたわけだが、そこに集まる人達の「繋がりの強弱や属性」が、ハードコア・パンクの世界にかなり似ているな、と私は思った。見た目や印象は全くの正反対であるが、あの番組の出演者をパンクにしたとてよく知った私でも全く違和感がない。よく見る光景であり、よく聞く発言であり、私がよく見る笑顔であった。革ジャン・モヒカン・ドクターマーチン・スタッズ・タトゥー、そんなものはただのスタイルであり、ニートと呼ばれる人達もそれは同じなんだろうなと感じた。

 

やりたい事だけをやりながら生きていきたい

一番の共通点はここにある。もちろんパンクも飯を食う、音楽機材を買う、スタジオ代を捻出しないといけないから最低限の仕事はするが、それはパンクであり続けるためにする仕事であって優先順位は決して高くない。必要最小限のお金さえあればそれでいい。「お金」はそれほど重要なものではない。それよりも「やりたいこと」が彼等にはあって、そのやりたいことをただただ純粋にやり続ける。それは「お金儲け」でも「権力」でもない。やりたいことを仲間と共有し、酒を飲み、笑い合ってそしてただ生きる。それ以上でもそれ以下でもない。ある種空気のような価値観をお互いに強く繋がりとして持っている。

 

見えない壁が持つ閉塞感

中身を覗けば似ているなぁと思いながらも、双方が交わる事って無いのかなぁなどと思う今日この頃。この世に「絶対」などというものは無い、がしかし、全く正反対だと思っていたこの二つのジャンルが融合したとき、想像を絶する力となって同じ価値観同士の人達がもっと生きやすくなるんじゃないだろうかと妄想してしまう。それはビジネスとかそんな腐った考え方ではなく、損得勘定の無い共有という考え方で。お互いの偏見を捨てれば何か出来るんじゃなかろうかと。まずは見えない壁に小さな穴をあけてその穴から様々なジャンルの人達が行き来できる様に。

 

f:id:kopelani:20170626113035p:plain

それってやっぱり「その中」にどっぷりいる人達には出来ない事だから、たまたま両方を見ている人がコツコツと壁に穴をあけて「ちょっと面白そうだからあっち見に行こうぜ」と、壁の向こう側にいる「誰か」と共有出来ればこっち側では想像も出来ない面白いものが出来上がるんじゃないか、なんて事をこの番組を観て思った次第です。せっかく私がここにいるなら、壁の向こう側の人が私を見てくれているなら、近い将来ではなくとも、「お金」じゃない何かをお互い見ながらゲラゲラと笑い合う、そんな事が出来たら面白いよなーというお話でした。幸せの価値観なんて人それぞれだけど私は私のやり方で自分の幸せを感じたい。今までは仕事が9割だったけど、これを機に何が私の幸せなのかを考えていきたい。

 

おわり

 

 

「かわいい」と思ってもそこに特別な感情など無いというちぐはぐな話

私は現実社会でも女性に対して「かわいいですね」と割と照れずに言えるし実際に言っている。そこに気を持たせたいとか口説きたいとか好きだとかそんな感情は全く無い。とは言えその時は実際「かわいい人だな」と思ったら言うというだけであって、それは年齢関係なく、20歳だろうが50歳だろうが私が「かわいいな」と思えばすでに「かわいいですね」と口から出ている。もっと言えば男性に対しても言う事がある。年配の人や取引先の偉い人なんかには結構な数で「可愛らしい人」が多い。「え?そんなイメージと違う事言うんですか?」系のギャップ萌えである。念のために記しておくが、これはゲイ的な話ではない。


f:id:kopelani:20170625045219j:image

 

そこでだが、先日Twitterでのやり取りで「簡単にかわいいとか言うんじゃねぇ」という旨のリプライを頂いた。私はその時、あぁそうかとハッとした。変に「好意を振り撒いている」人種と混同されているのだなと。先述したように、私の「かわいいですね」には特別な感情も下心も無い。「かわいい人だなぁ」と思ったら「かわいいですね」と言うだけの話である。それは恋愛感情でもゴマすりでも「あわよくば」でも何でもない。

そもそも本当に口説きたい・恋愛感情が湧いている相手には逆に何も言わないし何も言えない。そういう相手に私は照れるのだ。今まで女性に「付き合ってください」なんて言ったことがない。そういう類で女性に告白したのはプロポーズの「結婚して下さい」だけだ。その他は全て「空気」を読んでいつの間にか付き合う関係になるというもの。なのでネットの恋愛など私には出来ない。空気が読めないから。文章や写真だけで相手を好きになるなんて事は絶対にない。

「可愛らしい人」に「かわいいですね」と言う行為自体、相手は悪い気はしないだろうし本当にそう思ってるから言っているわけだが、ナンパ目的もしくは褒め殺しのような印象を周囲に与えているなら、これからその類の発言は控えた方が良さそうだ。これからは何て言おうか。否、言わなくて良いのか。ポジティブな言葉であれば発した方がコミュニケーションが円滑になるのだが少し考えた方が良さそうだと思い書いてみた。相手の目を見ながら、空気を感じながらでないと「言葉」のやり取りは、やはり難しい。

 

 

「ブログと金」を説く人達から感じる違和感

www.pojihiguma.com

 

なんかこの手の話ってずーっと誰かが書いてますね。まぁ別に良いんですけど、書けば書くほど、説明すれば説明するほど、何て言うんでしょう、言い訳とは違う、正当性を説くみたいな、アジテーションのような印象を私は受けます。上手く説明できないなー。イメージとしては、遠くの方でワーワーとマイクで演説してるけど中に入って来ないというか何というか。まぁ私に響かなくても別に良いんでしょうけども。何かですね、私(我々?)が思う「ブログと金」と、こういう方達が説明する「ブログと金」ってちょっと違うんですよね。そういう話を。

 

ブログで稼ぐのは悪い事じゃない

その通りです。これに文句言ってる人って少ないんじゃないですかね。やり方が合ってるのかどうかは知りませんが私も一応アドセンス貼り付けてますからね。成功するかどうかは別にしてやりたい人はやりゃ良いと思うんですよ。仕事嫌だ!俺はプロブロガーになって稼ぐんだ!アフィリエイト最高!イエス!そうです。やりゃ良いんですよ。そんな記事見ると私も、おお!やれやれ!YOU頑張っちゃいなYO!なんて思いますよ。まぁ私の本心で言うと、そんな事この先何十年もやんの?つか出来んの?とは思いますけども。それは私の個人的な思いであってやる人には関係ない話です。そしてブログで稼ぐ事自体はそれで「やれる人はやれば良い」んじゃないかなと思います。「やれる人は」です。

 

私が感じるそういうブロガーに対する違和感

例えばハルオサンが広告貼ったりアフィリエイトしても私は全く何も思わないんですよ。むしろやれば良いのにと思ってるぐらいです。沖縄になんてすぐに引っ越せるだろうに。そして私が違和感を感じるブロガーと何が違うんだろうなーなんて考えてたんですが、はてなで私がこの人すごいなーと思うブロガーって金の話をしないんですよね。まぁ現実社会でもそうなんですけど「俺今月これだけ売り上げあったから給料こんだけあるんだぜえええええ」なんて事を毎月月初に言われて「えーすごーい」なんて思わないですよね。何言ってんのこの人の世界ですね。分かるんですけどね。PV報告とか収益発表ってアクセス稼げるんでしょ?分かるんですけど決定的な違いってそこなんですよ。金の話をしない。

 

わびさび

ぐへへへへへへへへへとは言ってないんでしょうけども、内面的な美しさであったり、隠す美学であったりって日本人にはあるじゃないですか。結果的に儲けてるのは良いんですよ。これは嫉妬とかそういうのじゃ無いんです。別にアフィリエイターが幾ら儲けていても羨ましくとも何ともない。ブログでの金の話に関して言えば「みっともないなぁ」と思っちゃうんですよ。私はね。PV数にしても同じ。大体換算出来るんでしょ?知らんけど。まぁ、そういう事をわざわざ言わない、でも読者数もブクマ数もいつもすごい!うわー!この人すごいし面白いなー!って人が儲けてるのは良いんです。面白いものを無料のブログという形で提供してくれてるわけですから逆に儲けて欲しいなーとも思います。

 

謎めいてるから夢がある

芸能人なんてそうじゃないですか。実際幾ら貰ってるとか分からないけど人気が出るほど収入が上がると。ブログも同じじゃないかなーと思ってましてですね。結局PVが気になる人向けに書いてるわけでしょ?似たような人達向けに。私がそれを見てもそんなのどーだって良いわけですよ。たまーに今月こんなにPVあった!程度なら「へぇ~すごいじゃん!」と思いますけどね。いつ見ても、しょっちゅう金の話してる人はハッキリ言って下品です。嫉妬だ!って言ってる人をブコメで多く見かけるけど大半の人は嫉妬なんてしてないと思いますよ。黙ってりゃカッコ良いのにって私は思います。

 

まとめ

金は後から付いてくる。

 

 

はてなブロガー株式会社

古参と新参。先日はてなのアイドルとはてなの狂犬(うさぎちゃん?)が殴り合いしてるのを外野からジーっと見ながら色々思ったので書いていきましょう。

f:id:kopelani:20170614172257p:plain

ここははてなブロガー株式会社。我々新参ははてなブログ営業部の新参部隊として入社した。はてなブログを世に拡げるためにせっせとブログを書き、ブックマークとPVを集めるのだ。私は今年で入社2年目。あまり営業(執筆)活動をしないのでブックマークを集める事が出来ない。営業しても5~10ブクマがいいところだろう。しかしながら顧客(読者)はそこそこ付いている。誰に迷惑をかけるわけでもないので月間1万PVくらいで満足しているし別に上層部に怒られるわけでもない。安月給(ブログ収益)だが食えているなら別に構わない。キャンピングカーとMacで自由を手に入れるなんて妄想も私にはない。

同期、もしくは1~2年先輩の人達には色んな人がここに在籍している。売り上げバンバンあげてホッテントリ入りしている人、グループを組んで売り上げをシェアしている人、私のようにまぁそこそこで良いんじゃね?とマイペースな人達と様々である。仲のいい人達で集まってワイワイしてる人や、似たような趣味で話している人、一人で黙々と思想を吐き出している人、その人達をジーッと観察しながら私は日々過ごしているというわけだ。個性的な人が多いのでこの会社は本当に面白いし飽きない。そこかしこで恋愛・小競り合い・喧嘩・傷の舐め合い・陰口が繰り広げられている。

しかしながらここ営業部は我々新参だけではない。ここには部長クラス(古参)の人間が沢山存在する。あの人達は営業すればすぐに数百のブクマを叩き出し、我々新参には物言わせぬ独特の雰囲気がある。そして目に見える部長同士の交流が全くないように感じる。仲が良いのか悪いのかすら分からない、そして所謂互助活動(相互ブクマ)は皆無である。ブコメを見れば一目瞭然だが互助活動をしている新参とはブコメの内容が違う。手厳しいものや斜め上からのアドバイスをこれでもかと斬り込んでいる。それでも厳しい部長ばかりではなく、中立なのかな?興味ないのかな?と思わせるような優しい部長もいる。先日ある部長に「佐々木蔵之介に似てますね」と言ったら焼き鳥(グリーンスター)奢ってもらった。アザス。

ある日敏腕営業マンのうさ男がある部長に噛みついていた。おかしいだろと。内容はご存知の通りだが営業方法について双方食い違いがあったようだ。同期営業マンも巻き込んで騒動を起こしていた。外野から見ると、内容はともかくいきなり噛みついたうさ男の方が分が悪いのかな?と思いながらも、主張してる事は別にとんでもない事を言ってるわけでもない。物申す方法がちょっと乱暴だったのかもしれない。まぁここではこんな喧嘩は珍しいことではなく「やれやれーもっとやれー」ぐらいに思いながら見ていたわけだが、この喧嘩の中のやり取りで私がいつも「?」と思う事が出てくる。

古参の方々は「昔のインターネットはこんなんじゃなかった」「最近の奴らはバカばかり」「頭使ってこういう返しをしろよ」という言葉が出てくる。他の新参は知らないが、私に限って言えば「昔のインターネットなんて知らないし特に興味も無い」のである。もっと言えば「その時のインターネットが廃れたから今のインターネットになった」のではないかとすら思っている。今の方が面白いだろと言っているわけではない。新参にも「インターネットを面白くしたい」と思ってる人間が実は沢山いて、勿論新参の我々から見て面白い古参の人達も沢山いる。その古参の人達が見て「コイツ面白いよな」と思う新参がいれば「バカは相手にしない」などと一蹴せずに引っ張り上げて欲しいなぁと思ったりする。

もう運営はされてないみたいだけど「まなめはうす」は新参にとってそういう位置にあったのだと思う。「まなめはうす」に取り上げられて「うおおおおおおおおお!!!!!」と思った新参は数知れず。私もその一人である。認められた、とまでは行かずとも「あ、古参の人も見てくれてるんだな」というのは新参にとって何ものにも代えがたいブログ更新のモチベーションとなる。まぁ今の新参の「金」「アフィリエイト」「収益」「ブログ飯」は私もどうかとは思うけど、現実の会社と同じで「面白い人たちがすぐ辞めちゃう」という今のイメージが払拭できない。「昔の面白い奴」を今の新参が出来るのかと言えば出来ないだろうし、喧嘩してりゃ「はてなっぽい」んだろうけど何だかなーなんて思いながら日々はてなTwitterを徘徊しているわけであります。

 

ここはてなで売り上げ(ブクマ)を上げられないボンクラ営業の私は誰が出世するんだろうなどと考えながら、スーツの内ポケットに小さな斧を何個も仕込んで社内を見回しているのであります。

 

おわり

 

 ※ こんなしょーもない記事にいちいちidコールなど致しませんがご了承くださいませ。

 

 

私が思っているよりもう「死」は近くにある

news.yahoo.co.jp

今日このニュースを見た。大好きなバンドのギタリストがこの世を去った。57歳と若すぎる死。感想はそっかー、死んだかーである。基本ロックミュージシャンなんて不規則で不健康な生活をしてるのだから長生きなんてしないんだろうけどやはり好きなギタリストがいざ死ぬとショックだ。考えてみれば私も今年で43歳。人生ももう折り返しである。いつ頃からだろうか、「死」について身近に感じたのは。それは子供の頃からテレビで見ていた有名人が次々と亡くなり、私の知人・友人などの死に直面しているからに他ならない。それでも私は「死」など他人事、自分には関係ない事だと思っていた、というより無意識に考えないようにしていたのかもしれない。子供はまだ小さいし奥さんもまだまだ若い。私が今死ぬわけにはいかない。まだ大丈夫だ。多少の無理は問題ない。50までは気力の続く限り突っ走ろうと思っていた。

今日の夕方、取引先の部長が納品のついでに事務所に来てくれた。製品についての打ち合わせをして、さぁこれから販売体制を整えて頑張ろうぜと言ったすぐ後に、彼が報告しないといけない事があるとそれまでの笑顔は引っ込めて神妙な面持ちになった。嫌な予感。彼は職人のA氏が先日急逝したと説明した。A氏は先月まで一緒に現場でワイワイやっていた職人だ。享年46歳。若すぎる。聞いた瞬間は実感がわかないので「そうか」としか言えなかったが、その知らせを聞いた時の状況を聞いていくうちに悲しみが一気に溢れ出した。40過ぎのオッサン二人は互いの目を合わさずに、汚い倉庫でまだ元気な時のA氏の行動を報告し合いながら死を受け入れた。残された我々は「あの時こうすれば良かったんじゃないか」という後悔と無念だけが次々と口からこぼれた。

会社の運営は別の話だから私はこれからも戦い続ける。やられれば事実上の死に値するので負けるわけにはいかない。汚いも卑怯も関係ない。私は勝ちに行く。しかしながら対人関係について考えるとどうだろうか。私ではない誰かの死に直面するといつも後悔が頭の中を埋め尽くす。相手がいないからずっと消化できないまま後悔の玉は私の心の中に残る。こんなものは心の中に何個も溜められない。多分「死」は自分が年を取った分、今までよりずっと近くにある。今までの我儘や自分勝手を自分の意志で、意識的に減らさねばなるまい。こんなに死に対して無力な私が出来ることは自身の振る舞いしかない。相手に後悔の玉を残させないように、アイツと最後に別れたときはバカ笑いしてたよと皆に言われるような振る舞いをして残りを生きていきたい。

 

まとめ

生きる!

 

 

私はなぜブログなんて書いてんだろとふと思ったので少し書いてみる

色んな方達がブログを書いていて、それがTwitterのタイムラインに流れてくる。気になる記事をクリックする。皆さん内容とか関心度とか読みやすさとか色々考えて書いてんだろうなぁなんて思いながらブコメが思いつけば感想をブックマークすると。私などは検索ワードやらPVやらは特に気にせずこのブログを運営してるので、日々思ってる事とか現実社会で感心したことなどを書きなぐるスタイル。「読みたい人は読みゃ良いじゃん」と思ってるのでそれぞれの記事に深い意味はさほど無い。何か感じる人もいるだろうし何なのコイツバカなのと思う人もいるだろう。まぁどう思われても気にしない。ここに書いてあることは私「が」思っていることに他ならないからだ。

 

何で、誰に向かって書いてんのか

f:id:kopelani:20170603005519p:plain

金目的でないのは一目瞭然だろう。収益目的の人達とはブログの作り方が全く違う。為になる事もお役立ち情報も書いたことない。では目的は何だと問われると「このブログにたまたまぶち当たった人に向けて書いている」ということになる。何も考えず、無意識ににググって「たまたまぶち当たった人」に宛てて。私のブログに来る人たちはこんな人達である。

f:id:kopelani:20170603010755p:plain

社長や仕事にムカついている人たちばかりだ。毎日・毎月・毎年こういうワードで、こういう人達が私のブログに来ている。スマホなのかPCなのかは知らないが、多分空き時間や寝る前に検索して来るんだろう。そういう人達が私の記事を読んで「あー分かるわー」とか「へぇ~こんな考え方もあるんだなぁ」とか「あれちょっとやってみようかな」とか、少しでも前向きになってくれたら良いなぁなんて思っているのである。

 

私もいつも誰かに助けられている

誰かが何かを言っている、そして私はそれを聞いている。その「私ではない誰かの言葉」が私のモチベーションを維持している。毎日沢山の人達と話をして沢山の人達が話していることに耳を傾けていると、悩みごとや思いつめていることが勝手に解消されている。悩み事が解決するかもしれない事案に変化する。こんなものは私一人で悩んでいても思いつくはずもなく、また思考の変化を自分で作ることなど出来ない。何気ない誰かの言葉や考え方が思い悩む私の思考に溶け込んで中和する。そんなことをつらつらと話口調で書いているのである。

検索上位に上がりたいとも思わないし、私はそこにエネルギーなど使わない。だから私はブログを書くことは苦ではない。書かないときは書くことがないだけ。書いてる時は思ってることがあるから書く。そしてどこかの誰かが無意識に検索をしてここに辿り着き、毒なのか薬なのかは知らないがまたどこかに帰っていく。ここに書いてあるのは私が毎日誰かから聞いている「私ではない誰かの言葉」なのだ。その言葉が、私の知らない誰かの、仕事に関するどす黒く渦巻く思考の中和剤になれば幸いである。中和剤になるのかどうかは私は知らん。読んだ人が勝手に感じてくれたらそれでいい。押し付ける気は毛頭ない。

 

まとめ

「ハミチン」で検索してここに来た貴様は何を期待してたのか知らんが残念だったな。貴様が求めるものはここにはない。

 

 

聞く力

ブログやらTwitterやら色々見てると、仕事でも何でもやたらと小難しい事言ってる人を見かけるけど、シンプルに考えれば要は聞く力でしょ。今目の前で話してる相手が一体何をいってるのか。そこに注力して相手の言ってる事を理解すればもう半分以上話は終わってるよね。

例えばお客さんと話をしてるとして、相手は素人、私はプロだ。お客さんが困っている事や欲しい物の断片的で少ない情報をどれだけ吸い上げる事が出来るのか。そしてその断片的な情報のコレとアレを繋げるのが私の知識であると。私が勉強する理由はただ一つそれだけで、お客さんの漠然とした断片的なイメージを「それそれ!」と具体化してあげられるのが私の知識なのだと思っている。

その知識と経験があればあるほど、与えられる情報がどれだけ少なくともその場で回答が出来る。なので私は知識を「私が喋る為のツール」ではなく「相手の情報を形にするもの」として考えている。面白いことに、断片的な事しか聞いてないのにドンピシャの回答をその場でしてあげると「何で分かんの!?」とエスパーのように言われる事がある。慣れなのでそこにカラクリなどない。何度も同じ事を他のお客さんから聞いている、経験して自ら同じ症状を見ているだけにすぎない。医者が熱、喉、咳で「風邪」と言うようなものだ。しかしそこには膨大なバックグラウンドがある。

こんなものは仕事だけではなく、プライベートな人間関係も同じだ。色んな事を見聞きして知っていれば色んなシチュエーションで役に立つし相手に面白い人だなーと思って頂ける。知らないものは知らないと正直に言えば良いし、何か知っていれば小出しに情報を与えてイメージを具体化してあげれば良い。相手がそれを「借り」だと思ってくれれば私は得しかしない。

 

「この人は一体何を言っているんだろう。」

 

簡単な話だ。そんなにベラベラ喋らなくて良い。相手の話をちゃんと聞きながら理解すること、自分の知識を充て込んでヒントを与えること。これだけで相手の距離はグッと縮まる。難しく考えすぎだ。相手の話を聞く。最近ちゃんと話を聞く人が少ないから、私は凄くやりやすい。信用はこんなところから始まるのだと思う。

 

眠すぎる。終わり。