ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

パチンコ依存症について思うこと

パチンコ依存症についての記事を読んだので前から少し思っている事があるので書いてみましょう。


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パチンコ依存症と聞くと何であんなもんにハマるんだろうって思いますよねぇ。搾取されてるのに気付かず大枚を叩くとか勝てるわけないじゃんとか知人に借りてまでとか使っちゃいけないお金使うとか。まぁロクなイメージ無いですね。何故にそんなにハマるんでしょう。私が思うのはですね、

 

台の大当たり確率の表示と天井

なんだと思ってます。パチンコ台やパチスロには必ずと言って良いほど大当たり確率が表示されてます。1/390とか1/99とか。その確率によって出玉が変わる(確率が低い台ほど大勝ち出来る)わけですが、その確率を安易に考える人間がドツボにハマっているんだと私は思っているわけです。

例えば1/390の台に座ったとしましょう。1000円入れると大体10回~20回ぐらい抽選するわけですよ。その抽選で数字が揃うとフィーバー(古い)して1回の大当たりで6000円〜8000円獲得出来ると。それが連チャンしたら…ウホッ…ウホホッ!ウホホホーッ!!!なわけです。バカですね。

その心理というのは、1000円で20回リールが回る(回るわけない)、10000円で200回(回るわけない)、20000円で400回(回らねえっつってんだろ)、確率が1/390だから20000円使えば1回は当たると「思い込んでいる」ところにあります。20000円突っ込んでも2回連チャンすれば元に戻ると「思い込んで」いる。これ多分パチンカスはほぼ全員思ってます。20000円使っても当たらないとどうなるか。その20000円の投資を少しでも回収しようと追加の10000円「確率は1/390なんだから600回回せば流石に当たるだろ」というスパイラルに巻き込まれます。

天井も同じ。確率は1/300だけどスロットの大当たりが一回もなくても1000回(30000円)回せば当たるよ!どう!?ってやつですね。確率は1/300だから10000円使えば当たるけど当たらねえから追加の1万、そこで当たらなくてもあと1万使えば天井だから必ず当たると。地獄ですね。普通に考えると。でも彼らは確率を安易に(というより確率の意味を履き違えて)考えているのでお金を使ってしまうのです。

 

そもそも彼らは勝とうと思っていない

彼らの軍資金は最大で10000円。店に入るまでは。10000円くらいなら遊んでもOK、フィーバーすればラッキーくらいにほぼ全員思っているはず。しかし先ほどの確率と回収作業により湯水のようにお金を突っ込む。彼らは勝とうと思って日々パチンコ屋にお金を使っているのではないのです。「回収」しようと思ってお金を使っている。

 

被害妄想

彼らはお金を使いながらいつもこの被害妄想と戦っています。その被害妄想とは何か。「俺がこの台を止めたら次座った奴に1000円で連チャンされるかもしれない」という被害妄想。彼らはこれだけは許せない。恐いですねー恐ろしいですねー。9割以上の人は思ってるんじゃないですかね?だから、自分が!自分が当てるまでは!他の奴に連チャン渡してたまるか!という被害妄想と自身のプライドをかけて戦っているのです。南無〜。

 

まとめ

依存症やら何やらと小難しい事を言ってるのを目にするけど、確率表示の廃止と数学ちゃんと教えりゃ減るんじゃない?

 

知らんけど

 

 

丸亀製麺の本社がどこかなんてどうでも良い

このまとめを読んだ。

togetter.com

 

あんなもの讃岐じゃねえとか嫌いだとか高いだとか色々書いてありますが、あれが讃岐かどうかだとか売り方がどうのとかは私は心底どうでも良い。私が思うのはただ一つ

 

丸亀製麺はうどんの市場を拡げたんじゃないの?

 

という事のみ。私は大阪住みで、大阪も「うどんが旨い」と言われているが、はっきり言うが大阪のうどんは不味い。私はうどんが嫌いだった。大阪のうどんは出汁が旨いのであって総合的な「うどん」としては旨くない。麺がブヨブヨで口の中でモソモソするから私はうどんが大嫌いだった。丸亀製麺を食うまでは。

 

いつも昼時には人が並んでいる丸亀製麺が、ある時空いていたので入ってみたのだ。私はいつもきつねうどんしか食べないので、きつねうどんと揚げ物を何品か頼んで席に着いた。

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一口食べて感動した。このうどん(麺)うめえ。

 

すごくツルツルとした麺、元々大阪も出汁は美味しいからそのツルツルとした麺と出汁、大きなおアゲさんが最高であった。ここに「讃岐だから」旨いんだろうという思いは全く無い。ここに来れば旨いうどんが食えるんだなという情報のみインプットした。そして私はその時からうどんを食べるようになったのだ。四国に出張に行けばうどん屋さんに入ってみて、どれが美味しいのかなーなんて考えながら色んなうどんを食べるようになった。丸亀製麺を食べるまではうどん屋さんにすら入らなかったのだ。

 

丸亀製麺を食べて、私のようにそれまで嫌いだったうどんを食べるようになった人は沢山いると思う。そして讃岐うどんにとってもこれはプラスになっているのではないか。我々一般人は別にうどんにそこまでの思い入れなど無く、どこどこ産というこだわりがあるわけでもない。「旨いうどんが食いたい」ただそれだけである。うどんを食べなかった人が食べるようになった、うどんを嫌いだった人が好きになった。これは丸亀製麺の本社がどこで讃岐かどうかなどあまり関係ないと私は思う。

 

だって本社が兵庫県で出汁の取り方が違うと分かった今も、私は丸亀製麺にこれからも行く。それは讃岐かどうかではなく「うどんが美味しいから」であるに他ならない。丸亀製麺の美味しさのレベルで十分だ。現に私は讃岐に近いと言われているはなまるうどんにを一回食べているがそれ以来行っていない。讃岐に近いかどうかは私が食べたいかどうかとは関係ない。名前が丸亀だからといって讃岐と錯覚させる売り方だと糾弾されているが、私は先に言った通り「うどんの業界」としてどうなのかと言えば、讃岐うどんも多少のメリットが出ているんじゃないか、と思っている。

 

最後に

大阪のうどんが旨いというのは都市伝説だ。大阪に旨いうどんなんて無い。だから大阪のうどんが旨いというのはもうやめよう。地方から来る取引先に何が食べたいのかと聞くと必ず「旨いうどんが食べたい」と言われいつも困るのだ。だれか大阪で「旨いうどん」があるのなら教えてくれ。私は無いと思っている。

 

 

セルフのガソリンスタンドでいつも思うこと

これ私の癖なんですけど、私に営業をかけてくる人を観察しちゃうのですよ。業種問わず。どんな話すんのかなーとかどこでクロージング入るんだろーなーとか諸々。まぁ観察してると「お、そういう感じ良いね」とか「その表現面白い!」なんて心で思いながら話聞いてるんですよ。性格悪いですね。ええ。しかしながら自分に得のある提案ならすぐ買いますよ。何か月も考えたり寝かしたりしません。そんなものそうそう無いけど。で、ガソリンスタンドで今日ガソリン入れてたんですけどね。セルフの。

 

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ボーっと口開けてバカみたいな顔しながら上向いてガソリン入れてたんですけど、何やら店員が怪しげに近づいてくる。君、何?って思うくらい挙動不審。まぁ営業ですわね。分かってました。セルフのガソリンスタンドって結構ノルマキツいんだろうなーって前から思ってましてですね、みんなグイグイ来るじゃないですか。グイグイ。ワイパーやらオイルやらタイヤやら。まぁ実際悪いなら変えるけど悪くないのに変える必要ないもんね。ちなみに私は高校の時に2年くらいガソリンスタンドでバイトしてたので経験者です。

 

店員「洗車良いっすか?」

ワベ「急いでるからまた今度声掛けるね」

店員「高速乗ったんすか?虫がいっぱい付いてますよ!」

ワベ「うん。まぁ洗車してる時間ないから...ごめんね」

店員「エンジン変な音してますよ!オイル交換した方が良いんじゃないすか?」

ワベ「おかしいなぁ。先週交換したよ」

店員「これタイヤヤバい!ヤバいっすよ!ワイヤー見えてる!タイヤ!」

ワベ「イエ〇ーハットに注文してて今週届くのね」

店員「」

 

別に営業かけてくるのは良いんですけどね。セルフのガソリンスタンドでいつも思うんだけど店員いるのに「何もしない」よね。ほんと何もしないの。営業話断ったら私から離れてボーっとしてるの。まぁそれがセルフだっつうならそれで良いんだけど、私ならお客さんに拭いて良いですかって断って窓拭くよね。ボーっとしてるくらいなら。窓拭きながら営業する。恩着せるわけじゃなくてね、別にそれで売れなくてもお客さん喜ぶじゃん。拭いて良いですか?って聞いて拭いたら何拭いとんじゃい!って怒る人いないでしょ。

ただでさえ物を売りに来る奴は面倒くさいのに「何もしない奴」が物を売りに来る事ほど鬱陶しいもんはないわけですよ。セルフだからガソリンは私が入れてるわけじゃないですか。だから窓拭いたり空気圧見てあげたりって金かかるサービスじゃないんだからやれば良いのにっていつも思うんです。そういう作業をやってもらいながらの話って結構私も聞くよね。わざわざありがとーって思うから。買う買わないはまた別の話だけど「鬱陶しいな」と思いながら聞くのと「窓拭いてくれてありがとう」って思いながら聞くのでは買ってくれる確率変わると思うけどね。

要は相手に「めんどくせーなー」って思わざずにどれだけ話が出来るか、聞いてもらえるかなんだと思うのです。聞いてる側も「断るのがストレス」なんですから。そういう営業で「相手にストレスを与えてる」って思えるか否かで行動は変わると思いますよ。そして近くに何軒かセルフのガソリンスタンドがありますけど、窓拭いてくれるセルフと拭いてくれないセルフじゃ拭いてくれるセルフ行きますよね。それってそもそもの「ガソリンを売る」って事に成功してるんじゃないかと私は思うわけです。

 

おわり

 

 その他の営業話

kopelani.hatenablog.jp

彼女が出来ないという悲観記事を読んでいつも思うこと

こういう記事でもれなく書いてあるのが「友達がいない」というワード。私思うんですけど、異性だけをターゲットにせず、まずは同性の友達を作っては如何でしょう。やれコミュ障やら人見知りやらはあるんでしょうけどまずは同性。何が言いたいのかと申しますとですね、例えば私が彼女を探すとして「ヴォエエエ...彼女が欲しい...ヴォエエエ...彼女....」などとデスヴォイス吐きながらエステ行って自分磨きしたり洋服買って馬子にも衣裳したりホットドッグプレス読み漁ったりやぎろぐ読んでユニクロコーデ試したり彼女作るコンサルに20万払ったりしながら「異性のみ」をターゲットにしたところで、「私一人が」動いたところでたかが知れてるんですよ。デスヴォイスキモすぎるし。んな女のことだけを考えて行動できるわけないじゃないですか仕事もあるし。無理でしょ?自分一人じゃ知れてるんですよ。

 

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で、どうでしょうか。先に同性の友達を作ってみては。パーリーピーポーをしろとかリア充になれって意味ではないのですよ。普通の同性の男友達。その友達とちゃんと仲が良くなって「面白い奴認定」してくれれば、ここで「紹介」という素敵な出会いが生まれるわけですよ。「コイツのデスヴォイスやべえwww」「ちょっと一緒に飲みたい奴いるんだけどwww」と紹介されるわけです。ここでやっと一つの「出会い」が生まれますね。要は「私を売る」営業マンが「私一人」から「友人と私の二人」になるわけですよ。別に面白い人である必要はないと思います。お前良い奴だから誰か当たって来てやるよ!とか俺の彼女に誰かいないか聞いてみてやるよ!なんてのもありますから。そして何よりこの「紹介」ってやつはですね、

 

ハードルが下がる

 

んですよ。その友人の信用込みで来てくれてるわけですから。そこでデスヴォイスを思う存分披露すれば良いわけです。そこで、デスヴォイスなんかで、彼女なんて出来るわけないですよね。別に良いんですよ。そこでガッつくから気持ち悪いんです。ずっと一人でデスヴォイスを吐きながら「笑われ」たら良いのだと思います。面白いハゲのオッサンがずっとデスヴォイスだった。それで良いではないか。考え方としては「彼女欲しいけど別にいなくても楽しい」であり「別に出来なくても良い」であると。紹介という出会いの場ではあるけど、その場をちゃんと楽しめるかどうか。まぁええやん的な。ガッつく人って目が血走ってて男が見ても恐いです。

 

まぁそういう同性の友人を増やしてこういう分母を増やせばどうかというお話ですよ。俺は一人だけど..俺はこんなダメなヤツだけど...俺は自分を変えられないけど...俺の事を解かってくれる女性をこの手で探してみせる!!!なんて無理に決まってんじゃん。んな事やってる暇あるんだったらさ、友達は多くいても別に問題なんてないんだから、とりあえず友達作ってみたら良いのになんていつも思うんですよ。誰かが、コイツの彼女作ってやりたいとか紹介してあげたい!って思ってくれる人間になる。最強じゃないですかね。自分以外に自分を売って来てくれる営業マンがいるんですから。同性の友達を一人でも二人でも作る。いきなり彼女を作るよりは行動しやすいと思いますけどね。

 

まとめ

 

デスヴォイスは超キモいらしい

 

 

互助会やら批判コメやらあれやこれや

まぁぶっちゃけ私もはてなを始めた頃は同じような事思ってましたし別に今こういう記事読んでもふーん程度しか思わないのであれなんですがブログを書きながらブクマをしながら私がフワァッと思ったことを書きますと古参の方々はインターネッツに対して「個」というものに割と重きを置いて考えてらっしゃるのではないかなどと思ってまして少し前に白クマさんが「一人で楽しんでる奴が少なくなった」と書いててあーなるほどなーなんて思ったのです。

「個」で楽しんでいる人達は「参考になります!」やら「共感しました!」などという相手に擦り寄る形でグループを形成しようとするのを目にするとそれだけで嫌悪感を抱き彼らがいつも見ていた「個」で形成されたトップページという黒板に「個」ではないパーリーピーポーがヒューヒュー言いながら集まり「個」ではないグループとして担がれた記事が黒板に上がっているだけで苛立ちが隠せない或いは相手が気分を害するであろう言葉をワザと選びながらブコメを投下する。

「個」である古参の方たちはやはり独特でブクマにしても「個」が「個」に対してコメントを投げかけていてそこにある種の馴れ合い的なコメントをあまり目にすることは無く「記事に対しての」自分の意見を同調若しくは反論意見としてちゃんと書いていて中には大喜利的なネタコメントを残していく(残していけ)という新参には全く理解できない暗黙のルール的なものがありそこを踏み外して黒板に分かりやすいグループ記事や空気を読まないブコメを書いてしまうと顔真っ赤っかにして怒られる。

彼らのスタンスはあくまで「独り」であの人はあの人と仲良いんだなーなんて思わせるはずもなくただただ誰か「個」が吐き出すものを「個」が見て「個」としての意見を投下するただそれだけの事を凄い数の「個」がどこかの同じ「個」を見てある「個」は必殺技をある「個」はお笑いをある「個」は理屈を吐き出しながらその「個」を「個」が見て楽しんでいるところにルール無視のパーリーピーポーが乱入して今まで慣れ親しんだその「空気」を掻き回しているようなイメージ。

彼らの言い分はただ単に「それ面白くない」だけであって面白いか面白くないかは個人の主観なのでどちらがどうとは思わないけど新参にも古参にも「面白いもの」は双方あると私は思っていて新参も「なんじゃいお前は!」とならずに悪態付いてくる憎きアイツのブックマークをフォローしてみると意外と他所では良い事言ってたりするからそこで「あれ?この人ちょっと面白いかも」なんて発見があるだろうし本当にヤバい奴は通報されてすぐにいなくなるんだから相手に興味を持つ事を始めたらどうか。

 

最初に書いたけどフワァッと思ったことをツラツラと書いただけなので読み難いし文章はあり得ないくらいに下手だけども書いてみた。最終的に私は古参やら新参についてはどっちでも良いし喧嘩は面白いからもっとやれとしか思っていない。古参であろうが新参であろうが仲良くなるのに理由なんて無いし私は拒否も擦り寄ったりもしない。

 

とりあえず今は腰が痛い。

 

 

はてな村の小さな小さな闇(完結編?)

「眠れる獅子を起こしてしまった」

まずそれが第一の感想だ。最初に断っておくが今から展開するこれはプロレスである。id:elve さんには何の恨みも無いし私は彼女の書く言及記事が好きだ。彼女も本気で私を叩こうと思っていない「はず」だ。なので彼女が思う「気持ち悪い」について返事をここで書いてみたい。正直少し悩んだ。この件について私がずっと思っているのは「基本的には第三者」であるということ。私が直接この件の主役明恵氏に愛を叫ばれたわけでも嘘を書かれたわけでもない。しかしながら完全な「外野」ではないという自身の考え方で「関係ない立ち位置」を取りながら私の考え方について言及記事を書いたりツイートをしていた。これらは彼女の記事にある「プークスクス」ではないとここで断言しておきたい。スルーしようか悩んだのだが、elveさんのあの記事で終わってしまえば「被害者 < 明恵」という印象、「相手に嫌な事をされたけど数人で集まって悪口を言ってやり返している嫌な連中」という印象を与えかねないのでここに記録する。「反省したフリをする悪い奴」が「本当は良い奴なのに」という印象の格上げは個人的には嫌悪感を抱くし、被害を受けた人達が今加害者になりそうな空気は絶対に許せない。明恵は覚悟した方が良い。

 

elve.hateblo.jp

私が明恵についての件の関わり方について簡単に説明しておこう。

 

【第一の章】

199X年、とある女性ブロガーから明恵氏について相談があった。怪傑オティンポゥなどと宣ってる私に何故相談してくるのかは不明だが何かが引っかかったと思われる。私ならこんなブロガーには絶対に相談しない。そこで聞いたのは「明恵氏のメッセージが少し恐い」という内容だった。聞くとまぁまぁ酷い内容だった。大切なのでもう一度言う。「まぁまぁ酷かった」のだ。ここでいう酷かったレベルはこれを読んでいる人達に想像を任せる。私ももう42年生きている中での「まぁまぁ酷かった」事案だ。そこで私は「遊び半分で私が言及(喧嘩)しようか?」という提案だったが、もう関わり合いたくないし私に迷惑がかかるからやめてほしい、聞いてもらえただけで少し楽になったとのことだったので話は終わった。その時に書いた記事がこれだ。

kopelani.hatenablog.jp

ここから私の明恵氏のヲチが始まる。この記事を書いたすぐ後に明恵氏からの読者登録が外れた。

www.logosuemo.com

 

【第二の章】

ヲチしている中、ある女性が登場する。彼の東京旅行を案内するid:mari1216 さんである。私はこの時は別に穿った見方をせずふ~ん程度であったが、自体はすぐ急変する。明恵氏が突然恨み節ともいえる記事をうpする(削除済)。それに憤慨したマリさんが反論記事をあげる(削除済)。そこからお互い怒涛のラッシュで斧を投げ合うわけだが、明恵氏に関する事情を少し知っている私は「コイツまたこんな事してんのか」とヲチを続けるが突然のブログ辞めます宣言。私の疑問は、自分が悪くないのであれば何で辞める必要があるんだろうという疑問。そしてこの記事を書く。

kopelani.hatenablog.jp

kopelani.hatenablog.jp

 

【第三の章】

まぁ辞めたんだったらこの話はもう収まるだろうと思っていたのも束の間、明恵臭がぷんぷんとするアカウントが登場。見ると愛の告白はしていないもののどこからどう見ても明恵氏。言うなればドラえもんパーマンのヘルメット被りながら「パーマンです」と言っているようなものだ。いや貴様はパーマンではない。ドラえもんだ。そのアカウントでは何も害のない更新が続いていた。私も転生したのであれば放っといても良いんじゃない?的なスタンスでいた。ロゴスエモ?で仲の良かったブロガーに手あたり次第ブコメパーマンの仮面を被りながら投入し、読者数を獲得していく。私はしばらくヲチは続ける。

 

【第四の章】

平和な日々が続いていたある日、ついにその日は訪れた。何と明恵転生アカウントがマリさんのブログにコメントを投入。

怪傑オティンポゥって、俺のことじゃないよね?元メル友の二人が同じ敵を倒すとか言っているのを見ると怖くなるんだけど。大丈夫だよね?

これを見た私の率直な感想は「何でコイツ黙ってられないんだろう」である。そこからマリさんとTwitterでのやり取りがまた始まる(ブロック及び現在鍵アカで閲覧不可能)。ここでも明恵氏は「俺悪くないでしょ?あんたも自分に対して殴ってきたでしょ?酔ってたら何しても良いの?」的なワケの分からない言い分を展開していた。黙ってりゃ良いのに。

 

これが大体の流れである。そしてそこからはelveさんの記事の通り。elveさんが引っかかっている(気持ち悪い)部分は「何故本人に直接言わないのか」そこに尽きると私は思っている。そこは私の考え方だけであるわけだけど、彼は絶対に私のアカウントを見ている。ブロックされたのがその証なんだけど、ヲチしながら彼のブコメを読んでいると私が書いた記事にある内容を自虐的に自分で書いている。それを踏まえて、第三者的な立ち位置を考えて発言していた。それは分かっている人達は明恵氏に対するメッセージだと分かるし、この話が分かっていない人達が読めばただ単に私の「考え方」で終始する。勿論本人は自分が言われている事に気付いているはずだ。そして万が一彼が見ていなくても構わない。それは前記する「私の考え方の発言」で終わるから。私は自分が本当に思っている事を書いている。ゲラゲラ笑いながらTwitterで会話していた事については申し訳ないがこの話は本当に笑える話(被害にあった人達は笑えないと思うけど)であるからに他ならない。所謂「もう黙っときや...」である。

 

最後に

私が「気持ち悪い」なと思う事を書いておこう。彼が「何かをやっているな」という事は周囲の人間は分かっているはずだ。少なくともマリさんは東京での出来事を公開され、さも彼女「だけ」が悪いような書き方をされた。すぐ消したんだろうが、それは印象操作に他ならない。読んでいない人からすると「女性も悪いんでしょ...」と思わざるを得ない。私はそこにいなかったから、もしかすると女性も悪いのかもしれない。それをも含めて、私は「男のくせにグジグジそんな事をブログに書くんじゃねぇ」と前記記事を書いたのだ。そしてその「何かやってるんだろうな」という明恵氏に対し「でもお前本当は良い奴だよな!」と普通にやり取りしている方が私は気持ち悪い。それこそ貴様らも明恵氏と同じパーマンの仮面を被ってブロガー友達同士でパーマンごっこをしているのと同じだ。そこで「何かされた」人は思うのだ。「自分はこんな事されたのにあの人なんで普通にブログ書いて楽しんでるんだろう」と。はてなーはこういう事案に厳しい場所ではなかったのか。何故自分の記事を消しては辞める宣言を繰り返し前の過ちは無かった事にする彼にそんなに優しいのだ。

私は前記事で明恵氏にもっとエンターテイメント的なナンパをしろと提案した。目が血走った本気が目に見えて分かるから気持ち悪いのだ。転生するならちゃんと転生しろ。前から言っているがナンパするのは自由だ。しかし入れ代わり立ち代わりで傷つけるという意味でのナイフで女性を刺してそのナイフはすぐ消す、生まれ変わったから許してね、は私はどうかと思うし、それを見て見ぬフリをする周囲の人間にも疑問符が付く。本当に良い奴だと思っているならちゃんと彼に忠告や注意をしてやれ。甘やかすと彼は何度も同じことをするだろう。

そしてこの記事に関して明恵を信用するのも私を信用するのも読んでる人次第。関係ないのにお前は何でそんなに首突っ込んでんだよwwwと思われるでしょうが、私がブログを始めた当初、はてな村の運動場の隅っこでオッサンの私一人がブツブツと独り言を言っていた時に「オッサン一人で何してんの?」と話しかけてくれた人たちなのですよ。「ありがてぇ...ありがてぇ...」と盗んだバイクで走りだしたのが42の夜です。ブログやってる人なら分かると思うんですけど、今ブログがこうやって続けられているのは当時ちゃんと読んでコメントして下さってたこの人たちのおかげなんです。

 

これが最後だ。いい加減にしろよ明恵

 

 

不倫記事を読んだ私のかんそう

ui0723.hatenablog.com

 

批判ブコメがしゅごい。私は不倫反対派の人間である。それは倫理がどうのとか道徳がどうのとか男が女がとかそんな清廉潔白な七面倒くさい理由ではない。「自分の幸せを担保しながら必ず他人の何かしらを奪う行為」であると私は思っていて、それを傍で見ているともの凄い嫌悪感が湧く。要は我儘なのだ。不倫はただの我儘。いい歳をした大人の我儘は見るに堪えない。ただやりたい奴は私には関係のない話なのでやれば良いし、近しい人間がしているのであれば一応注意はする。私の視界の中に入っていなければどうなろうと関心などないし興味もない。しかし大切な友人であればどうだろうか。

 

素直に読めばいいのに

記事の題名に多少の釣り要素はあれど、ちゃんとすぐ元気に生きているということは書いてある。この記事の私の受け取り方は「大事な20代の時間が怪傑オティンポゥに奪われた」である。そして自分にも少しの原因があるのではないかという自責の念、何かあればちゃんと支えになるからなという決意。ただそれだけなんじゃないのかな。30代の女性がどうのこうのとか女性を軽視してるだとか深読みしすぎだと思うけどね。まぁこんな事書くと貴様も男だから同じだって言われるんだろうけど。筆者にとってミムラは大事な友人(ここは私も少し深読みしたいところ)なんだろう。大事な友人であるからこそ貴重な時間を怪傑オティンポゥに奪われたことについて嘆いているのだ。

まぁ全て私のただの推測だけどね。そんなに批判されるような記事なのかなと思って言及してみました。恋愛なんだからしょうがない、本人は分かってやっていると言ってしまえばそれまでの話。ただ周囲がそれだけミムラの治療を必死にやっていたと書かれているのを見るとミムラは良い奴なんだろうなと。それ故に、じゃないのかな。書き方がとか表現がという意見も沢山あるけど、本人の照れもあるんじゃなかろうかとも。まぁハッピーエンドを前提としているのであれば次のミムラのハッピーエンドな記事も期待したい。そして怪傑オティンポゥのバッドエンド(チ〇コが腐ったとかチ〇コが溶けたとかチ〇コだけ車に轢かれたとかパチ〇コで200万負けたとか)が私は見たい。