ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

電子タバコ glo (グロー) レビュー

7月から全国的に予約が始まったみたいだけど、いちいち予約して買うのも面倒なので買ってませんでした。が、先日宮城県に出張に行っていて、コンビニにポロンと売ってたので買ってきました。キャンペーン中で4,980円くらいだったかな?iQOSも持ってるので比較を書いてみましょうか。

 

まずは開封の儀。箱はこんな感じ。
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うむ。
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おお。
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ほほう。
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ぐぬぬ
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(๑•🐽•๑)
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(*'ω' *)
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まぁ味は変わんないですよ。吸った感触はiQOSのほうが喉に「クッ」とくる感じがあります。しかしながらiQOSはスティックの充電と加熱の二工程、こちらは加熱のみの一工程なのでこっちの方が手軽というか気軽というか。慣れればgloの方が良いかもね。タバコが420円と安いし。あとiQOSは変な刺し方したら水蒸気出ないんだけどgloはそんなのが全くない。

こんなもの吸わないなら吸わない方が良いんですが、まだ紙タバコ吸ってる人がいるなら今安いから変えた方が良いんじゃない?なんて思いますけどねぇ。どうなんでしょう。タバコが辞められない(辞めない)人の最後の落とし所だと思います。電子タバコは。

 

辞めるのかい?辞めないのかい?どっちなんだい!!!

 

「                                 」

 

 

 

音楽でフラッシュバックする過去

フラっと街を歩いていると、有線なのかラジオなのか、ふと時折懐かしい音楽が耳に入る。意図せず耳に入るので、その音楽が鳴ると同時に頭の中の映像がその当時の映像に切り替わり、その曲を聴いていたその時、自分が何をしていたのかフラッシュバックする。その曲を聴きながらその当時の自分が何を考えていたのかを急に思い出し、今の私と重ね合わさる不思議な瞬間である。そのギャップ・考え方の変化などが面白いので、この音楽によるフラッシュバックを見る時は少し楽しい。

 

1987年(13歳)

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 その当時私は中学生になって背伸びをしており、洋楽を聴いていた。インテリの友人とジェネシスやスティービーワンダーなど、よく分からない癖にそういう音楽をWカセットデッキで聴いていた。ある日別の友人が兄貴から借りたんだけど聴いてみない?と一本のハイポジテープを借りた。ブルーハーツである。ぶっ飛んだ。世界が変わった。しかしながらブルーハーツを聴いてある恐さも感じた。それは今聴いてもある恐さである。その恐さとは何か、未だに分からない。

 

1989年(15歳)

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実際この番組を見てまたぶっ飛んだ。よくぶっ飛ぶ中学生である。当時父親をたぶらかしてギターを手に入れており、ガシガシとコードをかき鳴らすギター小僧はここで初めて「ヘヴィーメタル」というものに出会う。やべえ。何すか。何なんすか一体。めっちゃ早く弾いてるじゃないですか。ピロピロ弾いてる。んぎもぢいいいいいぃぃぃぃいいいいい。この日からロクに寝ずにギターを弾く日々。と同時に父親が「ギターなんて買い与えなきゃ良かった...」と後悔する記念すべき日でもある。

 

1992年(18歳)

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この頃、バイト先の友人の紹介でギター弾いてくれとバンドに誘われる。ジャンルはパンク・ハードコアである。何それ美味しいの?分からん。まぁ良いやと加入し、働きながらそのバンドで10年ほど活動することになる。あまり素行のよろしくない社会の底辺・クズがここで一人出来上がってしまった。しかしながら今の自分を作ったのもこの頃の自分である。素知らぬ顔をして社会生活を送ってはいるが、根底にあるのは「このクソ野郎が」というパンク精神である。怒りこそ私のパワー。

 

2002年(28歳)

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この年で私はバンドを辞めるのと同時に転職、超絶ブラック企業に入社する事となる。この曲はその会社のパワハラ専務が飲み屋でよく歌っていた曲である。「おいお前も歌えやwww バンドやってたんちゃうんかいなwww」長渕はんには申し訳ないがこの専務のおかげですっかり長渕嫌いになってしまった。よってカラオケも好きではない。この曲を聴くと当時の不安であったり怒りであったり葛藤を思い出す。よく耐えたものである。当時の同僚・上司を含め周りにいた人間は誰一人連絡がつかないしその会社ももう無い。

 

2007年(33歳)

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この頃ちょうど独立の事を考え始めたのと、奥さんと出会った時期である。当時めちゃ若かった奥さんが車でよく聴いていたのは倖田來未。この子は何故すでにオッサンになった私の隣にいるのか、若い子は若い子と付き合ったり結婚したりした方が良いんじゃないの?などとは思いながらも私もどんどん惹かれていき、引き返せなくなってしまった。当時は若い奥さんから色んな事を学んだし助けてもらった。ゴリゴリのギャルだった奥さんは今では立派なママになった。倖田來未を聴くと当時の事をよく思い出す。

 

2017年(43歳)

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そこから駆け抜けた10年。今は43歳で聴く音楽はまたパンクに戻った。歴史は繰り返す。もうここまで来てしまった。後悔しても始まらない。50歳の私と60歳の私を想像しながら突き進むしかない。さてどうなるのか。この先私はどんな音楽を聴きながら生きて行くのか。そしてまたその時感じた事や考えていた事を思い出すのだ。その思い出した時に「ガハハハハー!あれおもろかったでー!www」と大笑いしたいものである。未来の私が大笑い出来るように「今」頑張るのである。

 

 

自分にとって絶対とは何か


『考え方が変わった』と揶揄されるブログの特徴 - おのにち

 

さて私はどうだろうか。議論であったり文章でも自分の中に「絶対」は確かにあるし、こと仕事においては「絶対」を必ず前に置いて話をする。そして強い言葉しか発さない。どっちだろうなーなんて言ってる時は興味のない事である場合が多い。私が考える「絶対」とは「自信」や「経験」から来る「傲慢」ではなく(そういう時もあるけど)、一番は「責任」であり「誠意」であると。それが正解なのか間違いなのかは相手が判断すれば良いし、相手は私の強い言葉を期待して私の目の前にいるのではないか、といつも思っている。それが相手の期待する「私」ではないか。確かに考え方など時間が経てば変わるし変えないといけない。この記事ですら私の過去記事を漁れば色んなブーメランが頭に刺さってると思われる。もちろん他人の話は聞くしちゃんと消化する柔軟性は持っているつもりだが、まず私の中に「絶対」は存在し、その絶対を軸に話が組み立てられる。未熟な私の「絶対」など、通用しない場合が多いわけだが、それが私の「責任」であり「覚悟」であり「個性」であると考えている。それらを恐れずに色んな人の意見を聞き、読み、そしてある時突然、私の「絶対」を溶かす言葉が現れるのだ。そこで私は恥をかき、反省し、私の「絶対」はアップデートされる。その人の発する言葉が本気なのかどうなのか、それが例えグレーであっても聞いてる人がその人を信用していれば言わんとすることは理解する。小野さんのこういう記事が私は大好きなので少し考えてしまった。件のブロガー(作家?)の話は私は簡単に考えてて、考え方云々よりも「他人sage自分age」がただ単に鼻につくだけだと私は思う。みんなブーメランが頭に刺さってる。それで良いと思うし、魅力とは逆にそうやって各人の「絶対」がアップデートされていく度、積み上がっていくのだと私は思う。

 

(所要時間36分)

 

 

オフレポ?会議?かな?

というわけで有名ブロガーさんにお会いしました。書くか書くまいか、少し悩みましたが、本人様とお話しした際「私と会った事隠す人がいるんすよ!チッ」と仰ってましたので、では私は書きましょうということで。お会いした方はこの方。

www.kandosaori.com

 

はてな嬢かんどーさんです。はい。お仕事で関西に来られてるようで、タイミングが合えばという感じで合流しました。ただ、オフ会みたいな感じは私は何やらこそばゆいので、ビジネスをベースに私の知人である女性社長を紹介という形で、その方のお店で密談致しました。かんどー女史(女子?)は何やら新しい事業を立ち上げるのに鼻息フンフンされてました。この交流がお役に立てたなら幸いでございます。

 

内容はトップシークレットですのでさておき、感想を。写真はブログで頻繁に見ますので相変わらずお綺麗な女性でした。しかしながらブログを読んでいても分かる通り普通の女性ではありません。難波や心斎橋には何の興味を示さず「あいりん」の前を通るとギャーギャーと喜ぶのです。私は心の中で「さすがだな...」と思いました。店に着くまでの間ははてな界隈の話題。少しだけブログでは見えないかんどーさんの思いを知る事となりました。

 

店に着いて知人を紹介。仕事の話をしながらもそこは女性同士で「女性の仕事に対する思い」であったり「結婚観」や「生き方」について熱く語っておられました。私ですか?私は笑い袋&合いの手ロボですよ。ええ。あんなパワフルな会話に入れるわけなかろうも。話が途切れたら二人がこっち見るから新しい話題のキーワード投げる。二人が語りだす。こっち見る。何か話の糸口投げる。こっち見る。こっち見んな。そういう感じですね。ええ。仲良くなったようで良かったです。

 

どうなんでしょう。ブログなんて私もそうですがキャラクターを作って書いている部分が多々あり、そのブログのキャラクターそのままの人なんていないでしょ。「これが私の裸の姿!」なんてブログをよく見ますが、んなわけねーだろと。どれが本当の自分の姿かなんて自分でも分からないだろうし、作ってる部分も含めて全部自分なんじゃねーのなんて思いますしおすし。だからブログのキャラクターなんて本当に一部。それ以外の部分を見てこの人はこういう人なんだろうなーという推測が初めてできる気がします。

 

基本インターネットの世界など私は全て嘘だと思っているので、今回お会いしたかんどーさんは一人の本当に実在する人として認識し、実際話してみてこの方は仕事の話が出来る人だとインプットした。自分はもっとやりたいんだという思いも伝わったしね。これにて今日の私のミッションは終了。誰かと誰かを繋げてそこで起こる化学反応を見るのは本当に楽しい。全て上手くはいかないけど、良い方向に化学変化すればこんなに面白い事は無いよね。またゆっくり仕事の話がしたいなぁと思う素敵な女性でした。

 
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オッサンが写真パシャパシャ撮ってたら気持ち悪いので撮ってません。ごめんなさい。

 

 おわり

 

 

水について書いてみよう

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たまには普通の文章でも書いてみようかね、と今キーボードをカタカタ叩いてるわけですが、考えたり調べたりするのは面倒なので私が知ってる事をつらつらと。私は「水」に関わる仕事をしておりまして、まぁ普通の人より詳しいわけですよ。んで「水」と言えば色んな業者が「水」に「付加価値」を付けて売ろうと躍起になっているわけですが、私なんかは「水」は「ただの水」であって「それ以上でもそれ以下でもない」と思っているわけであります。私の考え方は「水」に何かを「足す」のではなく「必要ない成分を引く」ことであり、それは菌であったりウイルス、ゴミや水に溶け込んだ有害物質を「除去」するだけで良いじゃないか、と常々考えておりアプローチしているわけであります。では簡単にポンポンと書いてきます。

 

水道水は飲める「水」である

水道水は飲める「水」なのです。当たり前ですね。しかしながら今の時期は水温が上がる事もあり、大半の方が不味いと感じるようです。では水道水はどんな水なのか。

www.mhlw.go.jp

これだけの水質項目にパスした水なんですね。んで、問題があるとすれば何が問題なのかというと、「古い給水管のゴミ」と「塩素」この2点です。水や浄水器を売ってる業者のHPには必ずこの2点がおどろおどろしく記されており、まるで飲んだらすぐに病気になるかのような「煽り」が書いてあります。そんなHPは私はバカバカしくて見ませんが今ググってみたら相変わらずの感じですね。あれこそ規制すれば良いのにといつも思います。ではどう対処したら良いのか、を書いてみましょう。

 

塩素

一昔前、訪問販売などで話題になりましたよね。試薬を反応させピンク色になった水道水を「こんなもん飲んでますねんで!これは危険や!ガンになりまっせ!!!こんなもん!!!」と押し売りする業者が。まぁ塩素が入っている・身体によくないというのは間違いありませんが、塩素ぐらいで30万ぐらいの浄水器を買う必要はありません。塩素を取り除きたいのであれば私がお勧めするのはこんなやつ。

store.shopping.yahoo.co.jp

↑ アフィではないので安心して踏んでください。100均とかでも売ってるでしょ?こんなんで十分ですよ。ではこんな簡単な浄水器で、水道水の何を除去してくれるのか。

活性炭は優秀なんです。これだけ取れりゃ水道水でも全く問題ないです。世の中で流通してる、浄水器の性能の8割(私の感覚)くらいは活性炭が仕事してます。あとの2割(私の感覚)は色々ありますが細かい事は省きます。Twitterででも質問してくれれば回答します。何が言いたいのかと言うと、水道水を濾過する浄水器なんてこんなんで十分なんですよ。最初にリンク付けてますけど、浄水場ですでに51項目の水質をパスしてるんですから。こういう安い浄水器を使う場合の注意点は、ちゃんとマメに交換すること。交換しないと原水より不衛生な水が出ます。取説読んで必ず交換してください。

 

他に何かある?

無いです。無いでーす。味?「美味しい水」には定義があって下記リンクの通り。

www.waterworks.metro.tokyo.jp

実際私もよくやりますけど、活性炭通した水であれば、冷やせば美味しいです。逆に市販の水も温いと不味い。有名どころの水でも温度が高いと独特の臭みがあります。

 

まとめ

目に見えないし効果なんて分かんないでしょ。水って。だから付加価値つけやすいんですよ。私がいつも思うのは、家の水道水嫌うくせに、飲食店でみんな水ガブガブ飲んでるじゃないですか。水道水ですよ。あれ。その辺のラーメン屋がいちいちペットボトルの水買いに行ってピッチャーに入れてるわけないじゃないですか。水道水そのままの所もあるだろうし簡易的な活性炭浄水器付けてる店もあるでしょうけども。最近ちょくちょく逆浸透膜の水使ってます!って書いてる店見かけるけど。そんなの書いてても気にしないでしょ?普通に飲んでるんですよ。我々は。水道水を。

 

「ただの水」に金使いすぎですよ。

 

所要時間23分

 

 

エロビデオという仮想世界

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老いぼれだとはいえ私も男なのでエロビデオの類のものはたまに見る。若い頃のように借りたり買ったりはしないが、ふと思いついた時にエロサイトを徘徊できるように猪瀬氏と同様、ここにいるぞと主張しながらブックマークにそれはある。私の性的趣向などは全く面白味のないもので、アブノーマルなものは興味が無いので見ない。性に対して特殊な強い願望が私にはない。SM・スカトロは勿論、痴漢・レイプ・幼女などに興奮要素は全くなく、痴漢やレイプ・幼女ものに関して言えば嫌悪感すらある。そんなものを見ると凹んで性欲などどこかに吹き飛んでしまうので、好んで見ようとは思わないし思ったことがない。

それらを踏まえ、今日あるブログを読んだ。極々普通のブログで、そこに書かれていたのは「痴漢モノのDVDを借りた」という、本人・読んでいる人達には何の変哲もない事で、私も普段なら流すんだろうけど、これを読んだ時そういえば私は痴漢モノなんて見ないなぁと何故か引っかかってしまった。そういう欲求がある男・それで興奮する男がやはりいるんだなと、漠然とは理解していたがここではっきりと認識された。ハッキリ言わせて頂くと「なんか恐いな」と思ってしまった。

実際にやっているわけではないだろうし、ただの趣味なんだろう。何に興奮するのかは人によって違うし、犯罪に手を染めていなければそこに問題などない。しかしながらそれに興奮を覚えているのであれば、日常で生活するにあたって興奮する機会がそれに興奮を覚えない人間より多い、そしてその興奮を抑えているのは各人の理性のみという事になる。どうなんだろうか、そういうビデオを見て、それによって理性を保つ人間、仮想世界と現実社会を区別する線が滲む人間がいるんだろうけど、そこに興奮する人間の理性だけが頼りというのはやはり恐いなと思ってしまう。

今はエロも多様化し、何これ頭おかしいんじゃないの?なんてものがTwitterのタイムラインを眺めていると沢山流れてくる。直接的なエロが多すぎてそこに興奮の要素など私にはない。イタリア映画で「青い体験」なる古い映画があるが、直接的でなくともそっちの方が私はドキドキするし性的な感情を抱く。痴漢やレイプなど、自身ではあり得ない疑似的な行為を見て興奮し、妄想し、錯覚するのは危険だなと思ったので書いてみた。仮想世界と現実社会を完全に分ける理性など人間が持ち合わせているのかどうか。現実社会に絶望したその時、バランスを保っていた理性の軸は簡単に犯罪の方へ移動しそして見慣れた仮想世界のその景色の中に堕ちていくような気がする。

 

 

嫉妬や執着は自身の精神を破壊させる

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松居一代さんのニュースを見る度に思い出す。何かに依存し、妄想し、不安になり、抑えのきかない行動に出るこれらは、インターネット界隈では所謂「メンヘラ」とカテゴライズされているが、嫉妬や執着は自分の自信の無さから来るものであり、独占欲もここに当てはまると私は思っている。「こちら」を向いてほしい、「こちら」だけを見てほしい、一瞬たりとも余所見をするな。「こちら」を向かせるためであればどんな奉仕をしても構わない。そのパワーバランスたるや完全に「こちら」が下であり、そして「それ」はわざとやっている。「それ」は「こちら」を向かせるためのただの手段であり、相手が不意に余所見をしようものなら「それ」は怒りに変わり、パワーバランスは一気に反転する。

 

これだけ奉仕をして「あげている」のに何故貴様は今私から目を逸らしたのだ

 

そうだ。こういう人種は「してあげている」と思っており、それら全てをわざとやっている。先ほど述べた通り「それ」は相手に「こちら」を向かせるための手段であり、自分の労力を無償奉仕することによって相手の様々な権利を掴み取ることを目的とする。「これだけやってあげてるの分かってるよね?」「言わなくても察してね?」「何故分からないの?」「言わなくても気付いてね?」「あなたの権利はもうこちらの奉仕で全て押さえてあるの」というわけだ。ここで面倒なのは「察する」ということである。言われなくとも、感じて自ら異性を避けなければならない。それが相手の奉仕を受け取る当たり前の行動であり、代償なのである。

分かったようなことを言うなと言われそうだが私は知っている。理由は私がかつてそうであったからだ。それは遡ること30年前。中学生の頃の私は体重100kgオーバー。彼女など死ぬまで出来ないだろうなと諦めていた13歳であったが、中学2年生の時に友人から聴かせてもらったザ・ブルーハーツで覚醒した。高校に入学し、ギターを買うべくすぐにアルバイトをして2か月で40kgの減量に成功した。それは無理な減量ではなく、今まで食べていたものがバイトで食えなくなったというだけの簡単な減量方法であった。痩せるとすぐに彼女が出来た。そこで狂ったのだ。彼女が誰か他の男の子と話すだけでも激しい嫉妬と独占欲に支配されたのだ。

今思うと完全に異常者である。精神が崩壊していた。相手を信じることなど到底出来なかった。痩せたとはいえ、ほんの数か月前までは醜く太ったただのギターオタクであったのだから。一瞬でも目を離せば、大好きなあの人は誰かとどこかに消えてしまうのではないか、と疑心暗鬼になっていた。その異性への異常な執着は20代前半まで続いたがいつの間にか消えていた。今では何も思わない。治った理由は簡単だ。少しの自信がついたのが一つ、そして独りでも問題ないという考え方の変化でその恐ろしい執着は消えて無くなった。なので、この手の人種を目の当たりにすると、恐ろしいというより「あぁ、分かるなぁ」と変に同じ意識で見てしまう。彼ら、彼女らは、自分の自信の無さからくる不安と、愛情という名のエゴを相手に押しつけ、その返りの強弱を怒りに変換して生きている。

治す方法は簡単だ。自分ではない他の誰かになるべく依存しない、独りで何かを楽しむ方法を見つければよい。依存する人間は「+1」「+2」をゼロとして考え、それらが無くなればマイナスになると思い込んでいる。ゼロをゼロとして捉え、認識すれば良い。当たり前であり簡単な話だ。それが寂しいのであれば「+1」を得るために努力すれば良い。マイナスになると怯え、悲しみ、怒っている松居一代さんがそれはマイナスではないと気付く日が来るんだろうか。自身が思い込むマイナスを躍起になって取り返そうとすればするほど相手は離れ、離れれば離れるほど憎しみは増長する。相手から何かを得ようとするのはそれは愛ではないし、かつてそこに本当に愛があったのであれば、こんな事にはならなかったのではないかと私は思う。

 

興味ないけど。