ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ。口癖は「えー、そんなの別にどっちでも良いんじゃないの?」老害発言の説明文多し。

トムソンというギターから私のロックな人生が始まった

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皆様はご存じだろうか。私と同年代で楽器を触っていた人なら知っているだろう。名機トムソン。名機なのか。いや名機ではない。今でこそ良い楽器(厳密には良く見える楽器)が安く手に入る世の中。当時はフェンダーなんて国産の物でも7万以上、ギブソンなんて30万以上していた。中学生の私にとって、楽器に30万なんてものはフリーターベントレーを買うようなもの。7万のフェンダージャパンでさえ、お年玉を1月3日(当時はこの日から百貨店のみ開店していた)に全て使い切るという宵越しの金は持たない中学生には儚い夢でしかなかった。

忘れもしない中1の夏、その時はいつものように愛しいあの子を振り向かせる為に一心不乱にジェネシスを聴いていたわけだが、友人にブルーハーツの「人にやさしく」を聴かされて身体中に稲妻が走った。青い稲妻が僕を責める~♪ ゲッチュ! なんなんだこの衝撃は。気が狂いそうだ。すぐさまそのテープを借りて私の自慢のダブルラジカセに装着。よし、このブルーハーツは私の宝物だ。ここは今月の小遣いを叩いてハイポジでダビングしよう。え?ノーマルとメタルとハイポジの違い?うるせえ!そんなもんは俺には関係ねえ!とりあえずメタルかハイポジどっちか選んでたら誰かが、お!ハイポジじゃん!分かってるね!なんて薄っぺらい会話を楽しんでたんだよ!

そしてその日から毎日ブルーハーツ。明けても暮れてもブルーハーツ。ある日、自分の部屋でほうきをギターのように抱えて熱唱していた。爆音で「爆弾が落っこちる時」を。ギターソロに差し掛かるときにチョーキングをしながら振り向けばドア付近で立ち尽くす父親。恍惚な表情でチョーキングをしていたので眉毛はハの字、そのまま父親を見つけて私は悲しみの表情に変わり、眉毛はそのままハの字だった。

その時に私を不憫に思った父親が、私に買い与えたのがこのトムソンだという訳だ。来る日も来る日もギターに明け暮れた日々。スタジオなんてある事すら知らない中学生は、外に出る時もギターケースを担いでチャリンコに跨り、友達に出くわすと「あれ?おちょいギターやってんの?」「おう。まあな。急いでるからまた。」なんて会話を交わし、駄菓子屋でみかん水ともろこしさん太郎を買って家に帰り、またギターを弾くというループ。

その噂は瞬く間に学校へと広がり、「おちょいがギターやってるらしい」「まじで?すげえじゃん」なんて事になるのと同時に学校での音楽祭が始まる。品目はクラシックギターで「コンドルは飛んでいく」を弾くというもの。音楽教師はどこで聞いたのか、私がギターを弾きまくっているという噂を耳にしており、「今回のギターは全員が伴奏、メインメロディーはおちょいくんに弾いて貰いましょう。」という発表があった。私が驚いている中、皆はスタンディングオベーションで私を迎え入れる。茫然としている中、私の視線の先には拍手をしながらニコニコとこちらを見ている愛しのあの子。

「やるしかないのか」

私は雑誌「ロッキンf」と「ヤングギター」で得たギターの知識をこれでもかと言うぐらいに披露し、皆にプレゼンテーションをした。「おちょいやべえカッケー」「優勝間違いないよね」「ライトハンド?なにそれすごい」コンドルは飛んでいくでライトハンドなんて使うはずもなく、今現在の自分を客観的に見た場合、色々な懸念材料があるので思案した。まず、エレキギタークラシックギターではネックの太さ、スケール、弦の感触が全く違う。まずはその感触に慣れないといけない。そして重要な問題の一つとして、何よりも今現在自分はギターを始めるにあたって最初の超難関「Fコード」さえ押さえられない。

そう。私はまだギターが弾けない。

トムソンを買ってもらって半年以上経つのだが、大音量でギターを掻き鳴らす。掻き鳴らす。お分かりだろうか。掻き鳴らしているだけ。

「ほうきと大差無し」

音楽会は約三か月後だ。ろくに練習などせずに、ギターを担いで駄菓子屋にお菓子を買いに行くだけ、ギターを掻き鳴らしているだけの中学生は果してコンドルは飛んでいくが弾けるのだろうか。

 

To be continued...