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ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

ブックマークを付ける事に対する勿体ぶり感が異常

私の事である。皆様は如何か。スターを付ける事とブックマークする事の手間はさほど変わるまい。では何故ブックマークしないのか。その疑問に私はぶち当たっている。別に勿体ぶっているわけでは勿論ない。

 

「ブックマーク付けるほどではないな」

 

何様だ。私は何様なんだ。自分の日本語もカタコトの癖に人様の文章を評価しているというのか。違う。決して評価しているわけではない。では何故ブックマークしないのだ。その先に何があるというのだ。

 

「何でこの記事ブックマークしてくれたんだろ」

 

この疑問がまず私に沸々と湧いたのである。自信満々でうpした記事には付かず、何気ない思いをツラツラと書いた記事にブックマークが付く。私の文章が響いたとは到底思えない文章だ。このブックマークにはどういった意味があるのだろうか。

 

「私は誰かにブックマークを付けたかな?」

 

数えるほどしかしていない。何を躊躇っているんだろうか。私が読者になっている皆様の記事は、全て面白いなぁと思いながら読んでいる。そしてスターには手が伸びる。そのスターはどうだ?その数で悩んでいる自分がいる。何個でも良いではないか。何を悩む必要があるのだ。

 

「黒く渦巻く感情があるのか?」

 

これと言った感情は思い浮かばないし、その時その瞬間に何かを考えているのかと言われても何も考えてはいない。しかし、自分に付いたスターに関して、この人はいつも1個だなぁとか、この人はいつも3個だなぁなんて思いながらスターを見つめている。

 

「スターとブックマークとは何なのか」

 

ブックマークを付けるほどではない、それはどこまで行けば私はブックマークを付けるのだろうか。腹を抱えて笑えばブックマークを付けるのか。ブログを読んで腹を抱えて笑った事の無い私は一生ブックマークを付けられないのか。

 

「付けないけど付けて欲しい」

 

ここだろう。上記で書いた黒く渦巻く感情。それは多分これだ。プライドなのだ。みんなにブックマークをバラ撒いて、自分に付かなかった時の敗北感、暗黙の互助作業、ブックマークなど入っていないのに箱の中を何度も確認し、箱の中なんて見ていない、気にしていないフリで相手に悟られないように気取ってみせているのだ。

 

「ナルシシズムとプライド」

 

全てを解放しよう。何を気取る必要があるのだ。面白ければブックマークをすればよいのだ。ここに一つの答えがあるような気がする。ブックマークが何だというのだ。しかし無駄にばら撒いても仕方が無い。コメントをする時にブックマークをするというルールを決めて私はブックマークを解放しようと思う。

 

「で、みんなのブックマークの基準って何なの?」

 

私のブログをいつも読んでいる方ならお分かりだろう。ただこの質問をしたかっただけなのであーる。いつも通りの回りくどい文章で申し訳ないね(笑)