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おっこちょこいのブログ

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

BUZZって嫌われて殴られて唾吐きかけられて得たその中のダイヤモンド

昨日はゆとりんのおかげで盛大にBUZZっておりましたね。まぁプロブロガー、メディアクリエイターの方達からすると大した事ないんでしょうが、細細とブログを書いてるオッサンで一日のPVが4000を超えるのは凄い事です。

休日だったのでコメントやブコメを見ながらニヤニヤしておりました。ブコメはさすがに「コイツ記事読んでんのか?」や「言いたいだけだろ」みたいなのがありましたが、私が思ったことはただ一つ、

楽しい

私のブログのような読者やPVの少ない小さなコミュニティでは、同調・共感がある種の楽しみであり、発言に対する充実感を得ることが出来る。しかし今回はどうだろう。BUZZる事により、叩きや批判者が容赦無く言葉の拳を振り上げる。そこには、うるせーよバーカと思うもの以外に、あぁ、こういう考え方もあるんだなぁという「気付き」の意見もやはりある。その意見は私の中で化学反応を起こし、それまでの思考が少し形を変える。

出る杭は打たれる

良いじゃないか。打たれて強くなる。しかしただ打たれるだけでは心が折れる。その打ってくる全ての言葉を真剣に聞き、これはただの悪口、これは言いたいだけ、あ、これはちょっと面白いという風に「聞く姿勢」を大事にしたい。自分と違う意見は自分の思考の栄養剤であると。自分の考え方だけを押し通すのはただの我侭であり傲慢であると私は思う。

若い人達に思う事

老害だと言われる事が多い中、私は年配の人の話を参考にする事が多い。それは何か。確かに自己中心的な話も多いが、私はその中の「経験」に注目して話を聞く。その人が経験した成功例や失敗談にはノウハウが詰まっているのだと思う。それを自分に置き換えてどう行動するのか。近道のヒントはそこにあると。

ただ叩いているだけなのかどうなのかは聞く側によって変化する。うるせーなーと思いながら聞くのと、この人何でこんな事言ってるんだろうと思いながら聞くのでは言葉の性質が変わってくる。面倒臭いと思うならそれはそれで良いだろう。自分のやり方で成功すれば良い、それだけの話だ。私は色んな人達の話を沢山聞いて必要な情報を自分で振り分けて栄養剤にしてきた。私の話が栄養なのか糞なのかは聞く方が判断すれば良い。ただ、無関心を全面にだして相手が「コイツはダメだ」と諦めて話してくれなくなったらそれこそキツイよ?という話。

最後に、コメント欄で私を擁護してくれた人達。愛してるぜ(笑)