ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

社畜も意識高い系もアフィリエイターもブロガーもメディアクリエイターも金も影響力も

世の中金なのか。世の中金ではないのか。人は何故金を追うのか。金ではない幸せを掴んでいる人はどれだけいるのか。金と幸せは同じ天秤に乗せることが出来るのか。その金と幸せは上手くバランスを取ることが出来るのか。幸せを考える場合、金がベースとなりその上に幸せがあるのか、将又、幸せというベースの上に金があるのか。

月給20万で寄り添いながら問題があれば助け合い笑顔の絶えない絆の深い家族、月給100万で個々が好き勝手しながら干渉せずに問題が有ることすら気付かずに崩壊へ向かう家族。

その逆、月給100万でちゃんとお互いを尊重しあいながらそれなりの所得で豊かな時間を共有する家族、月給20万で身の丈を知らずに借金を重ねて心が荒み、肉親でさえ憎しみが生まれる家族。

金が人間を創るのか、人間が金を作るのか。生活するために必要な金、物欲のための金、ステータスの金、将来の保証の為の金。色んな種類の金を求めて、仕事でありアフィリエイトや副業に奔走すると。

どの世界でも情報が金であり、情報収集能力、情報が早く集まる環境や情報操作の出来るステージ、拡散能力や伝達の信用度も金に影響する。どんなに足掻いても集まらない人間には集まらないし集まる人間には集まる。

金が有るから、無いからで幸せを手にすることが出来るのかどうかは分からない。金を追いかけるのか、金に追いかけられるのかは、スタンスとして考え方のベースに金を置くのか置かないのかで決まるんじゃないでしょうか。どちらが正解なのかはそれぞれにあると。

私のこの文章を読んでノイローゼだと思われる方が多いでしょうが、中途半端な時間で寝れなくなった私がしこたま悩んでいるのはこの時間にこのサンドイッチを食うかどうか。幸せなんてどうでも良いです。

そしていつもの読者様は分かっているでしょうが、この記事の執筆中すでにもう食い終わってます。金が幸せがなんてどっちでも良い。太るのか太らないのか。太るに決まってんだろ。毒であるほど満足度は高い。

美味しゅうございました。

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