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おっこちょこいのブログ

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

死んで楽になりたいと思っている経営者に言いたい。頼むから死なないでくれ。

今日は岸和田の方で現場の調査があり、その帰り道、高速が混んでいたので車内テレビをボーっと見てると、ある事件の特集が組まれていて、それを観ながら泣いてしまった。

www.sankei.com

簡単に説明すると、この経理の女、本来黒字であるのに帳簿上で会社が赤字であるように見せかけ、会社の金を着服、その着服した金を自分の贅沢に使用、そして会社(元社長)に貸し付け恩を売り、借金を返せと詰め寄りながらも足りない分をまた恩着せがましく補填し、また着服するという事を繰り返していた。そして元社長はこの経理の女に対し「あなたがいなければ会社は倒産していた。ありがとうございました。」と遺書を残し自殺。おかしいと疑っていた元社長の弟が調査し、二重帳簿を発見、解雇の後警察に届け出て逮捕という話。

資金繰りに翻弄される元社長の当時の想い、経理の女に罵倒されながらも金を借り受ける自分への不甲斐なさ、周囲に借金を申し出る恥ずかしさと断られた時の絶望。それら全ての原因はこのクズ女によって作り出され、そしてこのクズ女に感謝しながら死んでいった。嘘で作られた会社の現状に絶望し、自分の能力の低さを恥じ、全ての関係者に謝罪の想いを抱きながら、自分を責めながら一線を越えた。

資金繰りは恐怖だ。上手く金が回っていれば良いが、「負」は音も立てずにいきなりやってくる。商売とは至ってシンプル。物を売る・サービスを提供する、お金を貰う、経費や仕入れの支払いをする、残りが利益。シンプルだね。しかしだ。先金が必要な仕入れ、掛売、手形、集金や回収のサイクルで会社の金の事情は変わる。それらを先読みして売上管理や借入で波をなるべくフラットにする。しかしそんなに上手くいくわけないよね。後ろからいきなりバットで殴られるようにその「何か」はやってくる。

楽観的な私でも、何度ももう辞めようか、楽になりたいと思ったことがある。それを踏みとどまる理由、それはウチの社員であり、私を信用して応援してくれる取引先や関係者やお客さん、そして家族であると。私一人ならどうなっても構わない。これは経営者皆同じだと思う。しかし私が死ぬことで周囲は救われるのかといえばそうではない。迷惑しか掛けない。金が回らない会社を経営するのは、その死の線を見つめながら毎日を生きる。毎月支払日を目処にその死の線は近寄ってくる。延命の連続で頭の中は常に金の事でいっぱいになり、寝てる時でさえ胃の周りに黒い影が纏わりつく。

だけど悪い事ばかりじゃない。ちゃんと真面目に仕事をこなし、常に戦略やニーズを考えていれば、必ず目の前に結果が表れる。私は考える事を止めた時、諦めた時に絶望がやってくると思っている。私の会社は小さな小さな会社だけど何とか軌道に乗せている。24時間アンテナを張ってずっと考えてる。大手に出来ない事、やらない事を私がやるんだ。悔しいじゃん。地べた這いつくばってても笑って見上げてりゃ良い。JCやJKが「かわいー♡」って言ってる建物は我々汚ねえオッサンが作ってんだ。

自殺する経営者は多分、本当に真面目で実直で責任感が強い人なんだと思う。だからこそ死なないでくれ。死にたくなる程辛くなったら逃げてくれ。私にこういうニュースを見せないでくれ。死にたくなる程の辛さが私には分かる。だから私はこのクズ女が本当に許せない。

死ぬ事が経営者のお詫びにはならない。全ての人に「もう駄目だ。申し訳ない。」と頭を下げる事。生きて懺悔する事が責任であり、迷惑をかけた人たちへのお詫びとなる。