ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ。口癖は「えー、そんなの別にどっちでも良いんじゃないの?」

エロ本の需要

最近のエロ本事情なんて知らないけど、今の若い子ってエロ本買うの?我々の若い頃(14〜16歳くらい)なんてもんはエロの情報なんて皆無、種類で言えばエロ本・エロビデオの二種類しかなく、エロビデオなんてもんは手に入ったとしても一家に一台のビデオデッキで見れるはずもなく、エロ本に頼らざるを得なかった。そのエロ本でさえ手に入れるのは至難の業、アドベンチャーでありアクションであり命懸けだったのだ。

今はスマホがあれば普通にエロ写真やエロ動画出てくるもんね。ここに所謂草食系と言われる男が増殖した原因があるんだろう。エロを勝ち取るアドベンチャー、時には傷つき、時には友と助け合い、時にはレジのクソジジイがエロ本のタイトルを読み上げながらレジを打つというアクシデントで殺意という感情をその時初めて全身で感じながら、修羅場をくぐり抜けながら我々はトレジャーを手にしていた。

そのエロへの執着が、どうやって彼女をゲットするのかという未だに解けない方程式への挑戦、ナンパで出会いを無理矢理作るという行動になるわけだ。男と女の顔に出さない激しい攻防、男のヤリたい想いとは裏腹に女は簡単にはヤラせねーよバーカというあの余裕。ラオウ。コイツらは皆ラオウだ。私ごときの人間は北斗百裂拳など使えない。姑息な足払いの連打など効くはずもない。効かぬ!効かぬぞ!ぬはははははと笑われながらいつもより余計にお金を使わされて肩を落としながらデラベッピンを買って帰る。その繰り返しだ。

あの頃の我々の世代の男達がもし今のコスプレイベントなんてもんにタイムスリップして行けたらどうだろう。普通にあんな裸同然の可愛い女の子がウロウロしていたら全員鼻血を吹き出して気絶しているに違いない。時代かー。

晩婚や少子化で小難しい議論をよく聞くが、話は簡単だ。エロを少し規制すれば良い。性欲が無いなどと言う若者が出てきているみたいだが、あんなもんは手を伸ばせばすぐ手に届くエロがそこにあるからだ。周りに無料のパンやおにぎりがあるのにわざわざ金払って戦ってまでサンドイッチを取りに行くわけがない。エロをもっとギリギリで手に届かない位置に置く。それが今の、男の中の眠れる獅子を起こす方法だ。

私は別に問題提起をしているわけではない。この文章は全て、今の若いヤツがいとも簡単にエロを手に入れている事に対するただの嫉妬である。お前らもレジでエロ本の題名読み上げられろやクソッと思いながら書いているに過ぎない。