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おっこちょこいのブログ

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

人に金を貸すという行為と私の想い

私ぐらいの年齢になるとですね、金の無心をされる事が多いんです。どれぐらいかと言うとまぁまぁ多いです。返ってきてないお金は合計でどうでしょう、200万は超えてるんじゃないでしょうか。少額から数十万くらいで何人かに。色んな事情があって私に頼んでるんでしょうから、関係性を考えながら額を聞いて貸します。

皆さんどうですか、金額。やはり信用出来るとか付き合いが長いというのが判断材料となるでしょうね。私もそうですね。まぁ中には私が事業をやってる事を誰かから聞いて訪ねてくる人もいます。私がFacebookを辞めた原因がコレ。誰だよお前はという奴がメッセージしてきますね。スクショで晒すぞクソ野郎という思いはそっとどこかに閉じ込めて丁重にお断りしてました。

私はお金を貸す時、期限を切らないし借用書も貰いません。余裕が出来たらで良いよと伝えます。その相手に渡す金額が、私とその相手の信用額だと思うわけです。だから最悪返ってこなくても良いと思いながら貸すわけですね。そしてここで分かれるわけです。ちゃんと返す人間と連絡もしてこない人間と。連絡もしてこない人間はもうそれで良いのです。そういう人間なら付き合いをしなくて良い、しない方が良いわけですから。良い「ふるい」ですね。

最悪なのが、返さない・連絡してこないのにまた追加で貸してくれという人間ですね。まず話を聞くと言って相手を呼び出し、面と向かって静かにキレます。生易しいお話はしません。泣くまでキレます。自分を正当化しようものならもう酷いもんです。貸した金を返せと言わないだけ優しいと思って頂きたい。

今日もそんな話があったのです。色んな人間を見てますが、私の思う事はただ一つ「そんな人間だから」金が無いのだと思うのです。「意思」であり「気」なんですよ。返せなくても良いのです。千円でも良いし何ならゼロでも良い。「気」が分かればね。関西弁で「お互い気ぃ良うしよや」というものですね。その「気」も騙しなら話し方や表情で分かりますよ。

お金なんて後で付いてくると私は本当に思ってるのですよ。想いとして、人間関係でも仕事でも、とりあえず真面目に実直に目の前の事を解決していく。それを怠るから、誤魔化すから将来のお金が消えていく。何か問題があった時、そこを誰かの為に自分が痛い思いをする事で、掴める金が変化するんだと思います。私がキレている時にいつも言うのは、自分を苦しめてるのはお前自身だということ。まぁ理解してませんけどね。

若干宗教チックになりましたが、「気ぃええオッサン」になるべく私は精進し続けたいと思います。真面目なアホ。これが私のテーマです。