ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

3歳児の息子に超難題を出した

3歳のウチのチビはよく喋るようになってきた。一生懸命知ってる言葉を並べて我々大人に何かを伝えようとする。興奮すればもはや言いたいことしか言わないのでパニックである。「〇〇くんが」「仮面ライダー」「ウルトラマンも」「めっちゃ死んだ」これを連呼する。意味が分からなくても良い。私は聖母マリアのような微笑みでチビの言葉を受け止めるのである。

 

普段家にいないので一緒の時は沢山話すわけだが、舌足らずな話し方がやはり可愛い。有名どころで言うと「とうもころし」。ウチのチビは「トウモコモシ」と発音する。逆に言いにくくね?なんて疑問は野暮である。彼らは理屈ではなくイメージ、言わば言葉を面で捉えるので、そんなものはどうでもいいのである。

 

そこでだ。私は彼に難問を与えた。大人でも正しく発音出来る人間が少ないアレ、そう「きゃりーぱみゅぱみゅ」である。果たして3歳児が言えるのだろうか。私は常々「きゃりーぱみゅぱみゅ」という発音は、きゃりーちゃん然り子供のような感覚を持った人間にしか発音が出来ないのではないかと考えている。

 

我々が日々感じるストレスや大人特有の悩み、邪念、雑念があの「きゃりーぱみゅぱみゅ」を発音出来なくしているのだと。私ももちろん言えない。問題を出す側なのにスラスラと発音出来ない。逸る気持ちを抑え、ゆっくりとそして自分を戒めながら発音してみる。

 

きゃりーぱみゅぱみゅ

 

よし。言える。発音した瞬間ある種苦しみのようなものを感じるのは、やはり私の雑念がそうさせるのだろう。「きゃりーぱみぇぱむ」。クソっ!これ程までに体が蝕まれていたとは。私はチビと向き合い、その愛らしい顔を見た。見上げたその顔、その口の周りにはもう食べすぎだから食べちゃダメ!とママに言われていたにも関わらずチョコレートが付いている。またコイツ怒られるなと思いながら私は彼に言った。「きゃりーぱみゅぱみゅって言える?」彼は「?」という顔をしながら発音した。

 

「きゃりーパイパイ」

 

2人が賛美歌に包まれながら私は確信した。間違いない。彼は私の息子である。