ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

ブログをやめますとわざわざ宣言する事について思うこと

何故かは知らないけどこういう人って一定数いて、こういうのを見かけると何でもうやめるのにわざわざ言うんだろうなーなんて思ってました。私が見てきた本当にやめる人って、更新が止まって音信不通、いきなりアカウントが消えてるって人がまぁ大半。「やめます!」と宣言する人を見ると、この人何でわざわざ言うんだろうなーといつも思ってしまうわけです。

ではもし私がやめる時宣言するのか。これは賭けですね。「おちょいさんやめないで!」「更新楽しみにしてたのに!」「どこかでまた始めたら教えてください!」「あなたの事は忘れません!」「好きだったのに!」「回りくどいヘタレなあの文章がもう読めなくなるの!?」「unbelievable!!!」「Oh, my god!!!」「LoL今これ使ったらFBIとかに殺されそうだな 

 

無いね。

 

 サムい。地元中学の卒業式で「また会おうね~😢」「離れ離れになるの... ヤダ!!!」「ズッ友だょ...!!」などの声掛けを遠目で見ている私という感じです。明日お前らそこのイオンでバッタリ会うんじゃね?みたいな。なんかこう分かりやすい定型文を口だけで喋ってる感じがまぁまぁ辛い。私の好みの問題なんですけど。

 

死後の世界

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んでその、ブログ辞める宣言に関して「自分の死後まだ続く現実の世界」に似ているなと思ったのです。皆さんは「自分が死んだ後の世界を覗きたいな」と思ったことありませんか?誰が葬式に来るんだろうとか誰が泣くんだろうとか誰が自分の事をどう言ってるんだろうとか。辞める宣言のコメント欄及びブコメはそれに少し似ている。

多分ジッと見てるんですよね。ブコメだけじゃなくて言及から関連記事から。仮死状態で。これはこれですごく面白いんだろうなぁなんて思いますよね。「ブログを辞める = 死」と仮定すると、自分の立ち位置や誰かの自分への想いが知れるというか何というか。まぁインターネッツなんて仮想世界ですから上辺のものがものが多いんでしょうけども。

何れにせよこの辞める宣言というのは自身の評価が気になる人がやってるんじゃないでしょうか。だって宣言する必要ないじゃないですか。お世話になった人ガーとかご挨拶ガーとか言いますけども、そもそも本名も性別さえもハッキリさせてない人がそこまで義理かく必要あるのかなと。辞める!なんて言わずに更新止めれば良いだけじゃんなんて思いますけどね。気が向いたらまた書けるしね。辞める宣言して辞めないのはゾンビです。

そんな事を思いながらいつも私は誰かの辞める宣言を眺めているわけです。

 

貴様らワルノリでこの記事のブコメに「おちょいさん辞めないで!」とか書いて俺が辞めないといけないような空気にすんじゃねえぞ。俺は世界中に嫌われても辞めないからな。辞めない宣言だ。

 

イキル!!!