ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ。口癖は「えー、そんなの別にどっちでも良いんじゃないの?」老害発言の説明文多し。

ブログやTwitterなんてものは普段の思考の確認作業

タイトルで完結しているがインターネッツでの発言なんてものは私の普段考えている事の確認作業。思ってもない事など書かない。そして思っている事はまだまだある。ここで書いている事なんて多分全体の1割にも満たない。あとの9割は「これ書くと多分炎上するだろうな」「傷つく人がいるだろうな」「わざわざ書く必要あるのかな」「変態がバレるな」である。逆に書いている事というのは「自分がした経験」であり「人から聞いて役立っていること」であり「誰かの思想の反論」であり「見え隠れする変態」となる。

その私が書かない9割の思考、この部分を切り崩して公開するか否かで私のこのはてなでの匿名の人格を「自分で」守っていることになる。いわゆる理性。この理性の中で読んでくれている人達にどれだけの満足度を与える事が出来るか。9割の中に誰しもが存在する狂った部分。読む人によっては面白がる部分であり興味を引くんだろうけどやはりそれは使いたくないし使うべきでないと思う。といって聖人君子のような話や偉人の言葉をそのまま書くつもりは無い。せっかく私の周りには私が思うすごい人達が沢山いて沢山の助言をしてくれている。その助言を聞いて私がどう思ったか、どう変わったかを頭が悪いなりに気が向けば書いているつもりだ。

インターネッツでの発言は、頭の中が「透けて見えている」のか、「透けて見せているのか」でそのアカウントや人格の見え方が全く異なる。カッコつける気は毛頭ない。私は最近多い「ただ単に狂っている奴」ではなく、何か変わったことを言ってるけど読んで少し楽になったな、ちょっとこれやってみようかな、などと思って頂けると幸いである。私が一緒にインターネッツを楽しみたいのは「理性を必死に守っているバカ」である。こんな空想世界で自分を切り売りしてボロボロにるのは御免だし必要以上に傷つくのはバカバカしい。この理性の範囲内で目立てる人が本当に才能のあるブロガーなんだと私は思う。

 

最後に

文中の「毛頭ない」を「毛根ない」に空目した貴様らはそこに並べ。理性が飛ぶぐらいのビンタをしてやる。