ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

不特定多数の人が見る自分の見え方

elve.hateblo.jp

 

まずはお誕生日おめでとー🎉

 

このお方のブログはいつも刺さる、というか気になるので思ったことをツラツラ~っと書いていこう。Twitterでも公言してますが大好きなブロガーです。私が気になったのはこの部分。

 

私たちは常に誰かを誤解し誰かに誤解されそれを恐れているのだろう。誰かにとって私もさいとーさんや明恵君のような存在なのだろう、という恐怖。

 

私とは感覚が少し違う。私は誤解されても特に何も思わないしその事について弁解しようとも思わない。「今はそう見えてるならまぁええか」もしくは「そう見えて離れていくならまぁええか」である。もっと言えば「他人はそれほど(全くと言って良いかも)私に興味などない」と思っている。だから相手が今見ている(見えている)自分が(相手の)真実なのだ。例えば今の私「ワベ」を誰かが「関係ないのにしゃしゃり出てくるキモいジジイ」と言っている・思われていても私は特に何も感じない。その人がそう見えているのであればそうなんだろう。

しかしそう見える過程、今回の話で言えば「暴れている明恵を鎮静化させる」というミッションにおいて、私がどう見えたとしても最短ルートで黙らせるには私が出るのが早いと思ったから私が出ただけの話である。私が「おい」と声を掛けると必ず彼は「サーセンした」とブコメを残して消える作業を繰り返した。多分今回も同じだろう。またのほほんと帰ってくるのだと思う。では何故お前が出るのだという話になればそれは「誰も出ないから」であるに他ならない。この状況でもまだ「明恵だけが悪くないかもしれない」と思っている人が少なからずいる。私は思うのだ。「じゃぁお前が言ってやれよ...」と。

私はネットの世界など殆どが嘘だと思っているので、この世界での自分の見え方になど固執していない。ただそこに火が点いていてその火をどう消すのかをなるべくシンプルに考えて「ただその火が消えればそれで良い」それだけである。まぁ近しい人に関してだけだけれども。知らない人がボーボー燃えてても消そうとは思わないし面白そうならガソリン足しに行く。消したいなぁ・消してあげたいなぁと思えば消しに行く。ただそれだけ。そこに他人の見る私の見え方はどうでも良い。現実社会でも「あの人がワベの悪口言って回ってるよ」という事があったけど、私はそっち信じて離れる人がいるなら別にそれで良いと思った。離れる人達は「今私をそう見てるんだろう」と思ったからだ。自分の見え方について恐がる必要なんてないんじゃないかと私は思うのです。

なるべくシンプルに。他人は自分に興味がないと言えど、見てくれている人はちゃんと見てくれていると私は思っていて、私も他の人を見ていると。そこで同じ「感覚」を共有出来れば、この嘘だらけのネットでも少しの信頼というものが生まれるのではないか。そう思っているわけであります。

 

一度、ワーワー!喋るelveさんの話を横でふんふんと聞いてみたいなーなんて思う程度にはelveさんに興味津々です(笑)