ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ。口癖は「えー、そんなの別にどっちでも良いんじゃないの?」老害発言の説明文多し。

聞く力

ブログやらTwitterやら色々見てると、仕事でも何でもやたらと小難しい事言ってる人を見かけるけど、シンプルに考えれば要は聞く力でしょ。今目の前で話してる相手が一体何をいってるのか。そこに注力して相手の言ってる事を理解すればもう半分以上話は終わってるよね。

例えばお客さんと話をしてるとして、相手は素人、私はプロだ。お客さんが困っている事や欲しい物の断片的で少ない情報をどれだけ吸い上げる事が出来るのか。そしてその断片的な情報のコレとアレを繋げるのが私の知識であると。私が勉強する理由はただ一つそれだけで、お客さんの漠然とした断片的なイメージを「それそれ!」と具体化してあげられるのが私の知識なのだと思っている。

その知識と経験があればあるほど、与えられる情報がどれだけ少なくともその場で回答が出来る。なので私は知識を「私が喋る為のツール」ではなく「相手の情報を形にするもの」として考えている。面白いことに、断片的な事しか聞いてないのにドンピシャの回答をその場でしてあげると「何で分かんの!?」とエスパーのように言われる事がある。慣れなのでそこにカラクリなどない。何度も同じ事を他のお客さんから聞いている、経験して自ら同じ症状を見ているだけにすぎない。医者が熱、喉、咳で「風邪」と言うようなものだ。しかしそこには膨大なバックグラウンドがある。

こんなものは仕事だけではなく、プライベートな人間関係も同じだ。色んな事を見聞きして知っていれば色んなシチュエーションで役に立つし相手に面白い人だなーと思って頂ける。知らないものは知らないと正直に言えば良いし、何か知っていれば小出しに情報を与えてイメージを具体化してあげれば良い。相手がそれを「借り」だと思ってくれれば私は得しかしない。

 

「この人は一体何を言っているんだろう。」

 

簡単な話だ。そんなにベラベラ喋らなくて良い。相手の話をちゃんと聞きながら理解すること、自分の知識を充て込んでヒントを与えること。これだけで相手の距離はグッと縮まる。難しく考えすぎだ。相手の話を聞く。最近ちゃんと話を聞く人が少ないから、私は凄くやりやすい。信用はこんなところから始まるのだと思う。

 

眠すぎる。終わり。