ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

友達の輪が大きければ大きいほど得している件

私はその辺に普通に歩いているただの工事屋のオッサンである。警察に呼び止められる事など一度もなく、その他大勢に紛れれば間違いなくその風景に飲み込まれて同化するような、何の取得もないごく普通の一般人だ。身体から溢れ出るオーラや個性など微塵もない。アイアムジャパニーズ。しかしながら友達・知り合いは沢山いる。仕事柄工事関係が多そうだがそうではなく、旅行業界からサービス業、運輸、金融からハードコアパンクまで知人の種類は幅広い。


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これは別にフレンドリーとかリア充アピールではない。他人や他業種への興味である。あなたが何をしているのか、どんな仕事をしていてどんな生き方をしているのかが気になるので、どんな人でもチャンスがあればつい話し掛けて話し込んでしまう。昨日も石垣島の定食屋のおばちゃんと色々話した。私の持論は「友人・知人は多ければ多いほど良い」である。断っておくがウェーイ系ではない。「まいどおおきに!」と気軽に電話出来るそれである。仕事でもプライベートでも、何かをする時に誰かを知っていれば、かなりショートカットが出来るしコストが大幅に下がる。

例えば旅行。旅行会社と密に繋がっていてホテルのオーナーを知っていれば、普通にインターネットを介して予約する半分以下のコストとなる。時間もお金も掛からない。しかしながらここにも所謂「信用」が人と人を繋いでいるので、1回や2回話したぐらいではその信用は勝ち取れない。私はいつもそれら多くの人達に「得」を無料でバラ撒き、信用を築く努力をしている。努力?というより好きでやっていると言った方が良いかもしれない。誰かと誰かを繋ぐ作業もそれである。

ここで言いたいのは、これは誰でも出来る作業であるということ。方法は簡単だ。自分が何者であるか、を上手くプレゼンすればいい。所謂自己紹介である。自分が何をしているのか、誰と繋がっているのか、自分があなたに対して何のお手伝いが出来るのかを話せばいい。悪い言い方をしようか。「私と繋がればあなたは得をしますよ」と思わせれば良い。そこで第一関門を突破すればあとは相手に「得」を掴ませれば良いのだ。これを繰り返していれば「あの人に聞けば誰か知ってんじゃない?」と、私が知らない人まで私を頼って来てくれる。そして「恩を売ればいい」のだ。間違えてはいけないのは、そこに「見返りを期待してはならない」。不特定多数、その他大勢になるべく多くの恩を売り続ける。これは感覚としてタダ働きの「マイナス」として捉える人が多いがそうではない。これを「ゼロ」と考えると、あとは恩を返してくれた人達の分だけ、私が「得」をするという事になる。

最近はよくコストパフォーマンスガーと言っている人間を見掛けるが、それで良いなら私は否定しない。そうする人、そうしたい人はそうすればいい。この話が今の時代に合うのかどうかは知らないが、今老害と呼ばれている人達から私が教わったこの方法を私は受け継いでいきたい。何をどう感じるのかはこれを読んでいる人の感覚だけ、である。