ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ

嫉妬や執着は自身の精神を破壊させる

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松居一代さんのニュースを見る度に思い出す。何かに依存し、妄想し、不安になり、抑えのきかない行動に出るこれらは、インターネット界隈では所謂「メンヘラ」とカテゴライズされているが、嫉妬や執着は自分の自信の無さから来るものであり、独占欲もここに当てはまると私は思っている。「こちら」を向いてほしい、「こちら」だけを見てほしい、一瞬たりとも余所見をするな。「こちら」を向かせるためであればどんな奉仕をしても構わない。そのパワーバランスたるや完全に「こちら」が下であり、そして「それ」はわざとやっている。「それ」は「こちら」を向かせるためのただの手段であり、相手が不意に余所見をしようものなら「それ」は怒りに変わり、パワーバランスは一気に反転する。

 

これだけ奉仕をして「あげている」のに何故貴様は今私から目を逸らしたのだ

 

そうだ。こういう人種は「してあげている」と思っており、それら全てをわざとやっている。先ほど述べた通り「それ」は相手に「こちら」を向かせるための手段であり、自分の労力を無償奉仕することによって相手の様々な権利を掴み取ることを目的とする。「これだけやってあげてるの分かってるよね?」「言わなくても察してね?」「何故分からないの?」「言わなくても気付いてね?」「あなたの権利はもうこちらの奉仕で全て押さえてあるの」というわけだ。ここで面倒なのは「察する」ということである。言われなくとも、感じて自ら異性を避けなければならない。それが相手の奉仕を受け取る当たり前の行動であり、代償なのである。

分かったようなことを言うなと言われそうだが私は知っている。理由は私がかつてそうであったからだ。それは遡ること30年前。中学生の頃の私は体重100kgオーバー。彼女など死ぬまで出来ないだろうなと諦めていた13歳であったが、中学2年生の時に友人から聴かせてもらったザ・ブルーハーツで覚醒した。高校に入学し、ギターを買うべくすぐにアルバイトをして2か月で40kgの減量に成功した。それは無理な減量ではなく、今まで食べていたものがバイトで食えなくなったというだけの簡単な減量方法であった。痩せるとすぐに彼女が出来た。そこで狂ったのだ。彼女が誰か他の男の子と話すだけでも激しい嫉妬と独占欲に支配されたのだ。

今思うと完全に異常者である。精神が崩壊していた。相手を信じることなど到底出来なかった。痩せたとはいえ、ほんの数か月前までは醜く太ったただのギターオタクであったのだから。一瞬でも目を離せば、大好きなあの人は誰かとどこかに消えてしまうのではないか、と疑心暗鬼になっていた。その異性への異常な執着は20代前半まで続いたがいつの間にか消えていた。今では何も思わない。治った理由は簡単だ。少しの自信がついたのが一つ、そして独りでも問題ないという考え方の変化でその恐ろしい執着は消えて無くなった。なので、この手の人種を目の当たりにすると、恐ろしいというより「あぁ、分かるなぁ」と変に同じ意識で見てしまう。彼ら、彼女らは、自分の自信の無さからくる不安と、愛情という名のエゴを相手に押しつけ、その返りの強弱を怒りに変換して生きている。

治す方法は簡単だ。自分ではない他の誰かになるべく依存しない、独りで何かを楽しむ方法を見つければよい。依存する人間は「+1」「+2」をゼロとして考え、それらが無くなればマイナスになると思い込んでいる。ゼロをゼロとして捉え、認識すれば良い。当たり前であり簡単な話だ。それが寂しいのであれば「+1」を得るために努力すれば良い。マイナスになると怯え、悲しみ、怒っている松居一代さんがそれはマイナスではないと気付く日が来るんだろうか。自身が思い込むマイナスを躍起になって取り返そうとすればするほど相手は離れ、離れれば離れるほど憎しみは増長する。相手から何かを得ようとするのはそれは愛ではないし、かつてそこに本当に愛があったのであれば、こんな事にはならなかったのではないかと私は思う。

 

興味ないけど。