ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ。口癖は「えー、そんなの別にどっちでも良いんじゃないの?」老害発言の説明文多し。

エロビデオという仮想世界

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老いぼれだとはいえ私も男なのでエロビデオの類のものはたまに見る。若い頃のように借りたり買ったりはしないが、ふと思いついた時にエロサイトを徘徊できるように猪瀬氏と同様、ここにいるぞと主張しながらブックマークにそれはある。私の性的趣向などは全く面白味のないもので、アブノーマルなものは興味が無いので見ない。性に対して特殊な強い願望が私にはない。SM・スカトロは勿論、痴漢・レイプ・幼女などに興奮要素は全くなく、痴漢やレイプ・幼女ものに関して言えば嫌悪感すらある。そんなものを見ると凹んで性欲などどこかに吹き飛んでしまうので、好んで見ようとは思わないし思ったことがない。

それらを踏まえ、今日あるブログを読んだ。極々普通のブログで、そこに書かれていたのは「痴漢モノのDVDを借りた」という、本人・読んでいる人達には何の変哲もない事で、私も普段なら流すんだろうけど、これを読んだ時そういえば私は痴漢モノなんて見ないなぁと何故か引っかかってしまった。そういう欲求がある男・それで興奮する男がやはりいるんだなと、漠然とは理解していたがここではっきりと認識された。ハッキリ言わせて頂くと「なんか恐いな」と思ってしまった。

実際にやっているわけではないだろうし、ただの趣味なんだろう。何に興奮するのかは人によって違うし、犯罪に手を染めていなければそこに問題などない。しかしながらそれに興奮を覚えているのであれば、日常で生活するにあたって興奮する機会がそれに興奮を覚えない人間より多い、そしてその興奮を抑えているのは各人の理性のみという事になる。どうなんだろうか、そういうビデオを見て、それによって理性を保つ人間、仮想世界と現実社会を区別する線が滲む人間がいるんだろうけど、そこに興奮する人間の理性だけが頼りというのはやはり恐いなと思ってしまう。

今はエロも多様化し、何これ頭おかしいんじゃないの?なんてものがTwitterのタイムラインを眺めていると沢山流れてくる。直接的なエロが多すぎてそこに興奮の要素など私にはない。イタリア映画で「青い体験」なる古い映画があるが、直接的でなくともそっちの方が私はドキドキするし性的な感情を抱く。痴漢やレイプなど、自身ではあり得ない疑似的な行為を見て興奮し、妄想し、錯覚するのは危険だなと思ったので書いてみた。仮想世界と現実社会を完全に分ける理性など人間が持ち合わせているのかどうか。現実社会に絶望したその時、バランスを保っていた理性の軸は簡単に犯罪の方へ移動しそして見慣れた仮想世界のその景色の中に堕ちていくような気がする。