ネバダ臭

クズが伸し上がる為の精神論をちょくちょく書いているクソブログ。口癖は「えー、そんなの別にどっちでも良いんじゃないの?」老害発言の説明文多し。

私という個を消し去る日

ここはどこだ。多分鳥取か広島かその辺りか。少し先に小さな村が見える。その途中、車を停めて自販機で缶コーヒーを買って飲んでる。やたらと静かなこの場所ではエンジン音すらうるさいのでエンジンを切ってシートを倒し、車内の天井を見ながらこのブログを書いている。何故私がこんなよく分からない場所で缶コーヒーを飲んでいるのか。それは一昨日の金曜日、9月の末であるが不渡りを出した。負債額は2億6千万。独立して6年。今年の頭から予定していた大きな工事がほぼ延期となり、計画が大きく方向を変えた。人手の問題で断っていた小さな工事をまた拾い集めていたがもう限界だ。全てが終わった。要するに私は逃げてきた。家族には1千万の金だけ置いて黙って出てきた。申し訳ないが今までの私という個は今日で消滅する。死ぬ事は考えていない。誰も私の事を知らない土地で、5万でも10万でもいい、金は食えるだけで構わない。中年のよそ者である私をどこかで受け入れてくれるだろうか。名前も年齢も全て消去した私を、遠くどこか小さな村で、何て言おうか、金は要らない、寝る場所と毎日1食だけ提供してくれれば何でも手伝いたいと言えば誰か話を聞いてくれるだろうか。逃げてきたなどと正直に言えば面倒に巻き込まれたくないだろうから門前払いだろうな。さぁどうしようか。さっき財布を確認したら所持金は1万3千円。さぁどうする。

 

という事を、出張に出て田舎の景色を見ると私はいつも妄想する。身体一つで何の情報もない中年はまた生きていけるのか。おかげさまでうちの会社は今また軌道に乗った。であるから上記の妄想は現実から少し離れた。周りを見渡すと同年代でボロボロの格好をした者や良いスーツを着て外車に乗り回す者、色々見え方はあるが内情は分からない。私もいつも「儲かってそうで良いですね」と言われるが当たり前のようにキツい時もある。自分で生きていくというのはそういうことなんだ。私には当たり前に毎月の給料は降ってこない。良い時は同年代より何十倍もの金を掴むことが出来る。そこで目の前の金に溺れると光の速さで地獄の入口は近付いてくるのだ。「ま、良いか」この小さな小さな判断で一寸先が闇になる。だから私はいつも最悪の事を想像し、覚悟している。金など、手に入れる方法は簡単だ。やり方さえ知っていれば誰にでも手にすることは出来る。しかしながらその金に見合う覚悟を持った人間がどれほどいるのか。ブログやらTwitterでペラペラと金の話をしている人間を見るといつも思う。お前が思うほど金は優しくない。精神を蝕み支配される前にもう少し金の事をちゃんと考えた方が良いかもしれない。私は私から金に歩み寄ること、媚を売ることなどしない。

 

私は金なんか要らない。